1.多剤服用とは?高齢者に多いその実態
なぜシニアに多剤服用が増えるのか
年齢を重ねると、生活習慣病や慢性的な疾患を抱える方が増えます。高血圧、糖尿病、脂質異常症、骨粗しょう症、さらには睡眠障害やうつ症状など、病気の種類が多岐にわたるため、それぞれに対して異なる薬が処方されるのが一般的です。
また、複数の医療機関を受診している場合、それぞれの医師が個別に処方を行うため、本人が意識しないうちに薬の種類がどんどん増えてしまうこともあります。これがいわゆる「多剤服用(ポリファーマシー)」の典型的な背景です。
厚生労働省の調査※によると、75歳以上の高齢者では、7剤以上の薬を服用している人が約3割に上るとされています。これは高齢者の体にとって大きな負担になりかねません。
※出典:「高齢者医薬品適正使用の指針」厚生労働省(2018)
具体的に何種類以上が「多剤服用」なのか
「多剤服用」の明確な定義は状況により異なりますが、一般的には5剤以上の薬を継続的に使用している状態が該当するとされています(日本老年医学会などによる指針より)。
ただし、問題なのは「数」だけではなく、薬同士の相互作用や重複した成分の服用がある場合です。たとえば、睡眠導入剤が複数重なって処方されることで、日中の眠気や転倒リスクが高まるといった弊害が起きることもあります。
また、薬の効果が弱まったり、逆に強く出すぎたりといった「薬の効き方の変化」も高齢者特有の体の変化に起因します。そのため、単に「たくさん飲んでいるから危険」なのではなく、「きちんと管理されていない多剤服用」が問題なのです。
2.社会問題化する多剤服用:なぜいま注目されているのか?
高齢化が急速に進む日本では、多剤服用が医療費の増大や介護負担の要因として、深刻な社会課題となっています。
2023年現在、日本の75歳以上の高齢者人口は2,000万人を超え、今後も増加が見込まれています。そのなかで多剤服用による副作用・転倒事故・入院の増加が医療現場で頻発しており、厚生労働省や日本老年医学会も対策に乗り出しています。
実際、以下のような問題が報告されています。
・服薬ミスによる救急搬送や入院の増加
・薬の副作用による認知症やうつ症状の悪化
・医療費の無駄な支出(不必要な薬の重複処方による)
こうした現状を受け、政府は「高齢者医薬品適正使用の指針(2018)」を公表し、医療機関や薬局に対して多剤服用の是正と減薬の推進を強く求めています。また、地域包括ケアや薬剤師による服薬管理の支援が重要視され、2024年度からは「ポリファーマシー加算」など診療報酬上のインセンティブも導入される動きが出ています。
つまり、多剤服用は個人の健康問題にとどまらず、社会全体の医療・介護コストや福祉体制にも大きな影響を与える“国家的課題”なのです。
3.多剤服用がもたらすリスクとは
副作用・飲み合わせの危険性
多剤服用が引き起こす最も深刻な問題の一つが、副作用の増加です。薬の数が増えるほど、薬同士の相互作用によって新たな副作用が発生するリスクが高まります。
例えば、高血圧の薬と利尿剤、糖尿病の薬を同時に服用していると、体内のナトリウム濃度が不安定になり、倦怠感やふらつき、脱水症状を引き起こすことがあります。また、同じような作用を持つ薬が重複して処方されていると、作用が過剰になってしまう恐れも。
さらに、薬の飲み合わせだけでなく、食べ物やサプリメントとの相互作用にも注意が必要です。グレープフルーツジュースが血圧の薬の効果を強めてしまう例はよく知られていますが、他にも納豆や乳製品が抗血栓薬と影響し合うこともあるため、注意が必要です。
認知機能・身体機能への影響
薬の副作用として見落とされがちなのが、認知機能の低下やふらつき、転倒です。特に睡眠薬や抗不安薬、鎮痛薬には、眠気や集中力の低下、筋力の低下を招く作用があるものも多く、日常生活に大きな影響を及ぼします。
認知症と診断されていたが、実際は薬の副作用による「薬剤性認知症」であったケースも報告されています。これは服薬の見直しにより症状が改善することもあるため、軽視できません。
さらに、高齢者は代謝機能や腎機能が低下しているため、薬が体内に長く残りやすくなり、薬の蓄積による悪影響も起こりやすくなります。
こうした問題を防ぐには、単に薬を減らすだけでなく、「いま必要な薬かどうか」を定期的に見直す視点が重要です。
4.薬を減らすためにできること
かかりつけ医・薬剤師との連携が鍵
多剤服用を防ぐための第一歩は、「かかりつけ医」を持つことです。複数の医療機関を受診していると、それぞれの医師が処方内容を把握できず、薬の重複や相互作用が見過ごされがちです。
かかりつけ医がいれば、全体の治療方針を把握した上で「この薬は必要か?」「重複していないか?」といったチェックが行えます。さらに、薬剤師との連携も重要です。調剤薬局では、処方された薬の種類や量を確認し、相互作用のリスクを指摘してくれるケースもあります。
最近では、薬局での「服薬指導」が強化されており、希望すればお薬の一括管理(一包化)や、副作用の相談も受けられます。2022年には、薬剤師による在宅訪問指導の制度も広がり、通院が難しい高齢者にも対応できるようになっています。
お薬手帳の活用と定期的な見直し
多剤服用対策として非常に効果的なのが、「お薬手帳の活用」です。病院ごと、薬局ごとに薬の情報が分散していると把握が難しくなりますが、すべての処方薬・市販薬・サプリメントを1冊に記録することで、薬の重複や相互作用のチェックが容易になります。
さらに重要なのが、定期的な薬の見直し(服薬レビュー)です。年齢や体調、病状の変化によって、以前は必要だった薬が不要になっていることも少なくありません。たとえば、糖尿病の治療薬を長年使っていたが、生活習慣の改善によって不要になったというケースもあります。
最近では、「減薬外来」や「ポリファーマシー外来」など、多剤服用の見直しに特化した診療科を設ける医療機関も増えており、必要であれば紹介を受けるのも一つの方法です。
5.シニアでもできる!薬との上手な付き合い方
服薬管理の工夫とサポートツールの活用
薬の種類が多くなると、飲み忘れや飲み間違いが起こりやすくなります。これを防ぐためには、服薬管理の工夫が欠かせません。
たとえば以下のような方法が有効です。
・服薬カレンダーを使って、1日分ずつ薬を入れておく
・アラーム付きのピルケースで時間を知らせてくれる
・スマホアプリ(例:「お薬ノート」など)で服薬時間を通知・記録
特に高齢者向けには、字が大きく見やすい設計のカレンダーや、音声通知付きの服薬サポートデバイスも市販されており、家族が離れて暮らしている場合にも安心です。
また、介護保険を活用して訪問介護や訪問看護のサービスを受けている場合は、服薬介助や服薬確認を介護スタッフにお願いすることも可能です。
健康維持と仕事のためのセルフケア意識
薬に頼りすぎずに健康を保つためには、「薬に頼らない身体づくり」も大切です。定期的な運動やバランスの取れた食生活、十分な睡眠は、薬の量を減らすためのセルフケアの基本です。
特にシニア世代にとっては、軽い筋トレやウォーキングが血圧や血糖値の改善に効果的とされており、医師からも「まずは生活習慣を整えましょう」と言われることが増えています。
さらに、働くことで得られる社会的つながりや生きがいも、心の健康に直結します。ストレスが少ない生活を送ることで、睡眠薬や精神安定剤の必要性が減るケースもあるのです。
薬との付き合い方を見直し、「薬に管理される生活」から「薬を管理する生活」へとシフトしていくことで、心身ともに健やかに仕事を続けることができます。
6.まとめ:多剤服用を見直して、安心して働き続けよう
高齢になると病気の種類が増え、それに伴って薬の数も増えがちです。しかし、気づかないうちに「多剤服用」に陥り、かえって体調を崩してしまうというケースは少なくありません。
特に、薬の相互作用や副作用によるふらつき、転倒、認知機能の低下などは、生活の質だけでなく、再就職や仕事継続にも大きな影響を与えます。シニア世代が安心して働き続けるためには、薬との付き合い方を主体的に見直すことが重要です。
そのためにも、以下のポイントを意識しましょう。
・かかりつけ医と薬剤師の連携を活用する
・お薬手帳を常に持ち歩き、情報を一元管理する
・服薬の工夫やツールを導入して、ミスを防ぐ
・健康維持を目的とした生活習慣を意識する
また、多剤服用の問題は個人の問題にとどまらず、医療費や介護負担の増加といった社会的課題でもあります。だからこそ、ひとりひとりが正しい知識を持ち、必要なサポートを受けながら、薬との付き合い方を見直すことが求められています。
元気に働き続けるためにも、「減らす勇気」と「見直す習慣」を持ち、薬と上手に付き合っていきましょう。
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