1.「隠れ介護」とは?|シニア社員が直面する現実
「隠れ介護」とは、社員が家族の介護を担っているにもかかわらず、その実態を職場に申告せずに働き続けている状態を指します。表面上は通常業務をこなしているように見えても、実際には介護の負担が心身にのしかかり、仕事に影響を与えることが少なくありません。
特にシニア社員は、再雇用や定年延長制度を利用しながら働いているケースが多く、その年代は親や配偶者の介護を担う可能性が高い層でもあります。厚生労働省の「国民生活基礎調査(2022年)」によれば、介護を行っている人の年齢は「50代後半〜60代」が最も多く、全体の約3割を占めています。つまり、シニア社員は「働きながら介護」を経験する確率が高いのです。
しかし、介護をオープンにすると「昇進に影響するのではないか」「働き続けることが難しいと思われるのではないか」という不安から、職場に伝えず“隠す”選択をする人も少なくありません。その結果、職場では気づかぬうちに業務パフォーマンスが低下し、経営に潜在的なリスクをもたらすのです。
シニア社員の「隠れ介護」は、個人の問題にとどまらず、組織全体の人材活用や経営戦略に直結する大きな課題だといえるでしょう。
2.なぜ経営リスクになるのか?シニア社員と組織に与える影響
シニア社員が「隠れ介護」を抱えると、企業にとって大きな経営リスクとなります。その理由は大きく3つに分けられます。
1. 生産性の低下
介護による精神的・身体的負担は、業務への集中力や判断力を下げます。遅刻や早退、突発的な休暇が増えることで、本人だけでなく周囲の社員の業務にも支障をきたすケースが少なくありません。総務省「就業構造基本調査(2017年)」によれば、介護を理由に離職した人は年間約10万人に上り、その多くが40代後半〜60代に集中しています。これは、企業の戦力層に直接影響していることを意味します。
2. 人材流出による知識・経験の喪失
シニア社員は長年培った専門知識や人脈を持ち、若手社員への指導役も担っています。その彼らが介護を理由に離職すれば、組織にとって重要な知見やスキルが失われ、後任の育成にも時間とコストがかかります。
3. 企業ブランド・労務リスクの悪化
「介護に理解がない企業」というイメージが定着すると、採用力や社員のエンゲージメント低下につながります。また、長時間労働や配慮不足が原因でメンタル不調を招いた場合、労務トラブルに発展する可能性もあります。
こうしたリスクは、事前に「隠れ介護」の存在を把握しなければ表面化しません。しかし水面下で進行すれば、経営に与える損失は人材コスト・採用コスト・ブランド価値の低下と多方面に及ぶのです。
3.人事担当者が直面する課題|労務管理・生産性低下の現実
「隠れ介護」は企業経営全体に影響を与えるリスクですが、最前線で対応に追われるのが人事部門です。特にシニア社員の場合、労務管理や組織運営に次のような課題が生じます。
1. 勤怠管理の難しさ
介護の負担は日ごとに変動し、突発的な早退・遅刻・欠勤が発生しやすくなります。事前申告がない「隠れ介護」状態では、人事担当者が正確に状況を把握できず、勤怠管理やシフト調整に大きな負荷がかかります。
2. パフォーマンス評価の困難さ
介護による疲労やストレスで、仕事の成果が一時的に低下することがあります。しかし本人が「介護をしている」と伝えていなければ、上司や人事は単なる能力不足と誤解し、不適切な評価や配置転換につながるリスクがあります。これにより社員のモチベーションが低下し、結果的に生産性悪化を招く恐れがあります。
3. 離職リスクと採用コストの増加
厚生労働省「介護離職防止対策の推進(2021年)」では、介護と仕事の両立ができずに離職した人の約7割が「職場に相談しにくい」と回答しています。隠れ介護による離職は、経験豊富なシニア社員の喪失だけでなく、採用・育成にかかるコスト増大という形で企業経営に直結します。
4. 他社員への影響
業務負担のしわ寄せが周囲に及ぶことで、他の社員の不満や疲弊を招く可能性があります。これが組織全体の雰囲気を悪化させ、チームワークや職場の一体感を損なうリスクも無視できません。
つまり「隠れ介護」は、単なる個人の問題ではなく、人事部門にとって 労務管理・評価・採用・組織運営 の全方位に課題を突きつける存在なのです。
4.企業が取るべき初期対応|早期発見と相談体制の構築
「隠れ介護」によるリスクを最小化するためには、まず 早期発見 と 相談しやすい体制づくり が欠かせません。企業が初期段階で取るべき対応は、次のように整理できます。
1. 実態把握の仕組みを整える
定期的な社員アンケートや面談を通じて、家庭の介護状況を把握する仕組みをつくることが有効です。特にシニア社員を対象とした調査を実施することで、「隠れ介護」を可視化し、離職や生産性低下を未然に防ぐことができます。
2. 相談窓口の設置
介護はプライベートな問題であるため、社員が声を上げにくいのが現実です。そのため、人事部門や外部の専門相談員と連携した 専用窓口 を設け、匿名でも相談できる仕組みを整えることが重要です。厚生労働省の「介護離職防止支援プログラム」でも、相談窓口の設置が推奨されています。
3. 管理職への教育
現場の上司が部下の変化に気づき、適切に対応できるようにすることも不可欠です。管理職研修で「介護と仕事の両立支援」に関する知識を習得させることで、早い段階での声かけや支援が可能になります。
4. 情報の共有と柔軟な対応
「介護をしている」と申告した社員に対し、企業側が不利益な扱いをしないという信頼関係の構築が大切です。そのためには、経営層から「介護支援は会社全体の方針である」とメッセージを発信し、社員が安心して相談できる雰囲気をつくることが求められます。
これらの初期対応を整えることで、シニア社員が「隠れ介護」を抱え込むリスクを減らし、企業としても経営へのダメージを回避できるのです。
5.制度と仕組みで解決する|介護休業制度・柔軟な働き方の導入
「隠れ介護」を減らすためには、企業が制度面で社員を支援できる仕組みを整えることが不可欠です。特にシニア社員はキャリアの集大成として組織を支えている一方、家庭で介護を担う割合が高いため、制度の有無が「働き続けられるかどうか」を左右します。
1. 介護休業制度の活用促進
法律上、従業員は通算93日までの介護休業を取得できる権利があります(育児・介護休業法)。しかし実際には「制度があることを知らない」「職場に迷惑をかけたくない」といった理由から利用率は低いのが現状です。人事部門は制度の周知を徹底し、取得に対する心理的ハードルを下げる必要があります。
2. 短時間勤務やフレックス制度の導入
介護は突発的な対応を求められることが多いため、勤務時間を柔軟に調整できる仕組みが有効です。たとえば「午前中は病院の送迎、午後は在宅勤務」という働き方が可能になれば、離職を避けつつ業務継続が実現できます。
3. 在宅勤務(リモートワーク)の選択肢
コロナ禍を経て広がったリモートワークは、介護との両立を支える強力なツールです。介護を行いながらも、自宅から会議に参加し業務を進められる環境を整えることで、シニア社員のパフォーマンス低下を防げます。
4. 外部リソースとの連携
企業単独で解決できない場合は、自治体や介護サービス事業者と連携し、社員が介護サービスを利用しやすいよう情報提供や費用補助を行うことも効果的です。経済産業省の「仕事と介護の両立支援事業」など、公的支援制度を活用する方法もあります。
制度と仕組みを整えることは、シニア社員の離職防止だけでなく、企業にとっても人材確保・組織安定の観点から大きなメリットがあります。
6.「隠れ介護」を防ぐ組織文化づくり|心理的安全性と情報共有
制度や仕組みを整えるだけでは、「隠れ介護」を完全に防ぐことはできません。社員が安心して状況を打ち明けられるには、心理的安全性の高い組織文化 が不可欠です。
1. 「介護は特別ではない」という共通認識
誰もが介護に直面する可能性があることを企業全体で共有することが重要です。経営層が積極的に「介護支援は会社の方針であり不利益にはならない」と発信すれば、社員は介護を隠さずに相談できるようになります。
2. 情報共有とロールモデルの提示
実際に介護と仕事を両立している社員の事例を社内で共有することは効果的です。「あの先輩も介護をしながら働いている」とわかるだけで、相談しやすさが格段に高まります。また、ロールモデルを紹介することは若手社員にとっても「将来の自分ごと」として受け止めやすくなります。
3. 部署間の協力体制
介護を抱える社員がいる部署だけに負担が集中すると、かえって不満や摩擦を生み出します。そのため、部門横断で支え合う文化を育て、業務分担の調整や応援体制を整えることが大切です。
4. 継続的な教育・啓発活動
介護に関するセミナーやワークショップを実施し、社員全体の理解度を高めることも有効です。特に管理職には「部下が相談しやすい雰囲気づくり」を実践できるよう、継続的な教育が求められます。
組織文化として「介護は隠すものではない」という認識が根付けば、シニア社員は安心して支援を求められるようになります。結果として、企業は「隠れ介護」という見えないリスクを最小化し、持続可能な人材活用につなげることができるのです。
まとめ|経営リスクを最小化しシニア社員の活躍を支えるために
「隠れ介護」は、シニア社員が抱える最も大きな課題のひとつであり、企業にとっても深刻な経営リスクとなり得ます。介護の負担を隠したまま働くことで、本人のパフォーマンス低下や突発的な離職、さらには周囲の業務負担増加など、組織全体に悪影響が広がる可能性があるからです。
企業が取るべき対応は、次の3つに整理できます。
1.早期発見と相談体制の整備
定期的なヒアリングや相談窓口を設け、社員が安心して状況を伝えられる仕組みを整える。
2.制度と仕組みの導入
介護休業制度や柔軟な勤務制度、在宅勤務などを積極的に活用できる環境を構築する。
3.組織文化の醸成
「介護は誰もが直面する問題」という共通認識を根付かせ、心理的安全性を高める。
これらを実践することで、シニア社員がキャリアを中断することなく経験を活かし続けられるだけでなく、企業としても人材流出や生産性低下といったリスクを大幅に軽減できます。
人口の高齢化が加速する日本社会において、企業が「隠れ介護」問題に正面から向き合うことは、単なる人事施策にとどまらず、持続的な経営戦略 として不可欠です。シニア社員が安心して働ける環境を整えることが、最終的には企業の競争力強化とブランド価値の向上につながるでしょう。
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