1.定年延長・再雇用制度の最新動向とは?|企業がいま見直しを迫られる背景
日本では労働人口の減少が加速し、特に経験豊富なミドル~シニア層の確保が重要課題となっています。総務省「労働力調査」(2024年)によれば、65歳以上の就業者数は約950万人と過去最多を更新し、高齢者が働くことはもはや例外ではなく、社会の標準となりつつあります。また、企業の人手不足感も強く、帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査」(2024年)では、正社員不足を感じる企業は52.6%に上る結果が出ています。
この流れを受け、政府は高年齢者の雇用推進を加速させています。高年齢者雇用安定法では70歳までの就業機会確保が努力義務化され、多くの企業が70歳以降の就労機会創出にも着手する流れが出ています。実際、電機メーカーや大手金融機関を中心に、「定年を65歳に引き上げ」「75歳まで働ける道を用意する」企業が増加。これは、人材確保だけでなく、技術継承や組織の安定成長にも寄与する取り組みです。
特に注目すべきは、シニア人材に対する社会意識の変化です。従来は「年齢=能力低下」という偏見が存在していましたが、近年は“働ける限り働きたい”という高い就労意欲と、豊富な経験による価値が再評価されています。実際、内閣府「高齢社会白書」でも、高齢期の健康づくりや社会参加が今後の就業機会確保にとって重要な視点として示されており、意欲あるシニアの活躍を後押しする動きが見えてきます。
企業にとって、定年延長や再雇用制度の見直しは“義務”ではなく“戦略”。若手だけでは補えない経験・スキル・管理力を持つシニア人材を組織の柱と捉え、採用から育成、評価、業務設計まで包括的に見直す企業が、労働市場で優位に立つ時代です。
2.定年を60歳→65歳へ引き上げる際の法的ポイントと就業規則改定の流れ
定年年齢を60歳から65歳へ引き上げる場合、まず押さえるべきは「高年齢者雇用安定法」の規定です。現行法では、すべての企業に対して「65歳までの雇用確保措置」が義務付けられています。これには以下の3つの方法があります。
| 雇用確保措置の選択肢 | 内容 |
|---|---|
| ① 定年の引き上げ | 定年年齢を60歳から65歳などへ変更する方法 |
| ② 継続雇用制度の導入 | 定年後も本人希望により雇用を継続する(再雇用)方式 |
| ③ 定年制度の廃止 | 年齢による区切りを設けず、希望者が働き続けられる仕組み |
企業が「定年65歳」を正式に導入する場合、まず必要なのは就業規則の改定と労使協定の締結です。就業規則には「定年年齢」「雇用形態」「退職手当」「嘱託契約への移行条件」などを明記し、労働基準監督署への届出を行います。また、改定前には必ず過半数代表者または労働組合との協議が必要です。
導入の流れは次のようになります。
1.現状の人事制度・賃金体系の分析
シニア層の給与水準が高いままでは人件費が膨張するため、役割給や職務給などへの見直しを行う。
2.就業規則の改定案作成
定年年齢、再雇用条件、健康診断の実施、評価基準などを具体的に明文化。
3.労使協議と同意の取得
制度変更の背景と意図を丁寧に説明し、社員の理解を得る。
4.労働基準監督署への届出
改定後10日以内に届け出が必要。
5.社内説明会の開催・周知
社内イントラネットや説明会で、改定内容を全社員に周知する。
また、定年延長は単に年齢の数字を変えるだけではなく、評価・処遇制度の再設計も伴います。たとえば「職務等級制」や「専門職コース」を設定し、役割に応じて柔軟なキャリアを描けるようにする企業も増えています。こうした制度設計が、シニア人材のモチベーション維持と組織の持続的成長を支えるカギとなります。
3.再雇用制度を70歳→75歳に延長するメリットとリスク
定年延長と並び注目されているのが、「再雇用制度の上限年齢」を70歳から75歳へ引き上げる動きです。背景には、健康寿命の延伸とともに“75歳現役社会”への移行が進んでいることがあります。高齢になっても働き続けたいと考える人は多く、70歳を超えても仕事への意欲を持つシニアが増えています。健康意識の高まりや社会とのつながりを重視する価値観の変化が、その背景にあります。
メリット①:人材不足の解消と技術継承
最大のメリットは、人手不足の緩和とノウハウ継承の強化です。特に製造業・建設業・サービス業では、ベテラン人材が現場の品質や安全を支える重要な存在となっています。再雇用年齢を75歳に延長することで、技術の断絶を防ぎ、若手の育成をより計画的に進めることができます。また、経験豊富な社員が「職場の相談役」や「教育担当」として関わることで、組織の心理的安全性やチーム力も向上します。
メリット②:モチベーションと社会参加の維持
シニア層にとって働くことは、収入だけでなく「社会とのつながり」を保つ大切な手段です。働く高齢者の多くが、仕事を通じて日々の張り合いや生きがいを感じています。年齢を重ねても「社会と関わり続けたい」「誰かの役に立ちたい」と考える人は増えており、就労が心身の健康維持にも良い影響を与えるとされています。再雇用制度を75歳まで拡大することは、こうした「生きがい就労」を支える社会的意義も持っています。
リスク①:健康・安全面のリスク管理
一方で、年齢が上がるほど健康リスクや安全配慮義務が高まります。勤務内容や時間を見直し、無理のない働き方を設計する必要があります。具体的には、
・健康診断や作業能力評価の定期実施
・勤務日数/労働時間の短縮
・座り作業や軽作業中心への配置転換
など、個々の状態に合わせた柔軟な運用が求められます。
リスク②:賃金バランス・待遇の公平性
再雇用社員と正社員の給与・評価差が大きいと、不公平感やモチベーション低下を招く可能性があります。そのため、「職務内容・責任範囲に基づく処遇制度」を設計することが重要です。たとえば「職務給」や「スキルランク制」を導入し、実力や貢献度に応じた公正な報酬体系を整える企業が増えています。
4.人事部が押さえるべき「賃金・評価制度」見直しの具体策
定年延長や再雇用制度の見直しを進める上で、人事部が最も苦労するのが「賃金・評価制度の再設計」です。単に年齢を引き上げるだけでは、人件費の増加や若手との不公平感を生みかねません。ここでは、実務上押さえておくべき見直しの3つの方向性を紹介します。
① 職務・役割に応じた「職務給」「役割給」への移行
年齢や勤続年数ではなく、「担っている職務」と「成果」に応じて報酬を支払うジョブ型賃金体系を導入する企業が増えています。たとえば、現場リーダーや技術指導員など、再雇用後も重要な役割を果たす社員には「責任手当」や「教育担当手当」を設け、モチベーション維持を図ります。
また、職務内容を明確化することで、本人も「どこまで期待されているか」が理解しやすくなり、評価の納得感も高まります。
② 成果だけでなく「プロセス」と「貢献度」も評価
シニア層の場合、直接的な成果(売上や件数)よりも知識共有・後進育成・組織貢献など、定性的な貢献を可視化する仕組みが求められます。
たとえば、「ナレッジ共有数」「教育時間」「安全指導回数」などを評価指標に加えることで、シニアの“支える力”が正当に評価されるようになります。
社員の定着には、評価の「納得感」と「透明性」が欠かせません。
どれほど制度を整えても、評価の基準や理由が不明瞭ではモチベーションは続きません。
一方で、評価の仕組みを明確にし、本人の成長や貢献を正しくフィードバックすることで、離職防止にもつながります。
③ フェアな給与レンジ設計と「段階的再雇用モデル」
再雇用社員の給与水準をどこに設定するかは非常に重要です。一般的には、定年前給与の6~8割程度が多いとされますが、職務・責任に応じて個別設定型(ポジションベース)にするのが理想です。
また、70歳以降の働き方を想定して、
・嘱託社員 → 業務委託 → パートタイム
といった段階的再雇用モデルを設計することで、本人の体力や希望に応じた柔軟な雇用が可能になります。
このように、シニア人材の評価・処遇を“年齢”ではなく“役割・成果・貢献”に基づいて再設計することが、長期的な組織力の維持と公平な人事制度の構築につながります。
5.高齢者雇用を支援する助成金・公的制度の活用法
定年延長や再雇用制度をスムーズに導入するには、国や自治体の助成金制度を上手に活用することが重要です。特に、シニア人材の雇用継続を後押しする制度は多く、適用できればコストを抑えつつ体制整備を進められます。ここでは、代表的な制度を紹介します。
① 高年齢者雇用安定助成金(65歳超雇用推進コース)
厚生労働省が実施する助成金で、定年の引き上げ・定年廃止・再雇用延長を行う企業が対象です。
・対象措置例:定年を65歳以上に引き上げる/70歳までの継続雇用制度を導入する
・助成額の目安:10万円〜最大160万円(企業規模や措置内容により異なる)
就業規則の改定や社内体制の整備費用を一部補助してもらえるため、制度改定の初期投資を抑えられます。
② 生涯現役起業支援助成金(中小企業向け)
定年後も働き続けたい高齢者が「起業」や「新事業」を行う場合に支援される制度です。企業側がシニア層を新たに受け入れ、ノウハウ活用型の新規プロジェクトを進める際にも適用できるケースがあります。
例:地域密着型サービスや教育事業をシニア人材主導で立ち上げる際の費用支援など。
③ 雇用環境整備促進事業(都道府県労働局)
都道府県単位で実施されている制度で、高齢者が働きやすい職場づくりを支援します。
たとえば、
・軽作業機器の導入
・バリアフリー化工事
・健康チェック機器の設置
など、職場環境の改善費用を補助する仕組みです。
自治体によって名称や条件が異なるため、まずは所在地の労働局または商工会議所で最新情報を確認するとよいでしょう。
④ 企業年金・再雇用との併用設計もポイント
再雇用を75歳まで拡大する場合、年金受給との関係にも注意が必要です。厚生年金の「在職老齢年金制度」では、働きながら年金を受け取ることができますが、賃金額に応じて支給停止の一部調整が入るケースがあります。人事部としては、賃金と年金のバランスを踏まえた給与設計を行うことが、シニアの定着につながります。
こうした公的制度を上手に活用すれば、企業の負担を減らしながら定年延長・再雇用制度の定着を進めることが可能です。人事戦略として、助成金の情報を制度設計の初期段階から取り入れることが成功のポイントといえるでしょう。
6.成功する導入のための3ステップ|社内理解と段階的移行のすすめ
定年を65歳、再雇用を75歳まで延長する制度は、単に“年齢を引き上げる”だけでは機能しません。現場の理解と制度運用を両立させるためには、段階的かつ戦略的な導入プロセスが欠かせません。ここでは、実践企業に共通する3つのステップを紹介します。
【STEP1】 経営層の意思決定と「理念の明確化」
まず必要なのは、経営層が「なぜ定年を延ばすのか」を明確に示すことです。
単なる人手不足対策ではなく、
・技術/ノウハウの継承
・多様性と包摂性のある組織づくり
・社会的責任(CSR/ESG対応)
といった企業理念との接続を明文化することで、全社員の理解を得やすくなります。
特に、トップメッセージとして「健康で意欲のある社員は年齢に関係なく活躍できる会社を目指す」と明言することが、制度定着の起点になります。
【STEP2】 段階的移行とトライアル期間の設定
次に、いきなり65歳・75歳へと全面移行するのではなく、段階的導入を行うのが現実的です。
たとえば、
・まずは「60→63歳」まで引き上げ、数年間の運用結果を検証
・再雇用を「70→72歳」まで延長し、健康面・生産性をモニタリング
・社員/管理職へのアンケートを定期実施して改善点を把握
このように“試行期間”を設けることで、社内トラブルを最小限に抑えつつ制度の完成度を高めることができます。
また、企業によっては「再雇用マネジメント会議」や「キャリア面談制度」を設け、シニア社員の意欲・体力・希望職種を可視化して、適材適所の配置転換を行っています。
【STEP3】 若手・管理職を巻き込む社内風土づくり
制度の成功を左右するのは、現場の理解と協力です。
シニア層だけでなく、若手社員や管理職に対しても「世代間の協働」を促す教育・研修を行うことで、年齢を超えた信頼関係が生まれます。
たとえば、
・「シニア社員活躍推進セミナー」
・「OJTトレーナー制度」
・「ナレッジシェア/表彰制度」
などを通じて、経験の共有を文化として根付かせる取り組みが効果的です。
また、評価指標にも「世代間連携への貢献」や「チーム支援行動」を盛り込むことで、若手・ベテラン双方が協力しやすい環境を整えられます。
この3ステップを通じて、“年齢に関係なく活躍できる”風土を築くことが、定年延長と再雇用制度を長期的に成功させる最大のカギとなります。
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