1.なぜ今「シニア社員のロールモデル」が人事課題として浮上しているのか
近年、多くの企業でシニア社員の活用が進んでいる一方で、「採用はしたものの、どう活かせばいいのかわからない」「現場任せになり、期待した役割を果たせていない」といった声も少なくありません。その背景には、人手不足・若手育成・定着対策といった人事課題が個別に語られ、つながって設計されてこなかったという構造的な問題があります。
特に人手不足が深刻化する中、即戦力としてシニア社員を採用する企業は増えています。しかし、「業務をこなしてもらう」ことに意識が向きすぎると、シニア社員の価値は短期的な労働力補完にとどまってしまいます。一方で、若手や中堅社員は経験不足や判断への不安を抱え、現場の負荷はむしろ高まるケースも見られます。
ここで注目されているのが、シニア社員をロールモデルとして位置づける考え方です。ロールモデルとは、特別な肩書きや役職ではなく、「どのように働くか」「どのように周囲と関わるか」を通じて、他の社員に行動の基準を示す存在を指します。経験豊富なシニア社員が日常の業務の中でこの役割を果たすことで、若手は安心して挑戦でき、中堅は判断の拠り所を得ることができます。
また、ロールモデルが不在の職場では、「この会社で年を重ねた先に、どんな働き方ができるのか」が見えにくくなります。その結果、シニア層だけでなく、若手・中堅の将来不安にもつながり、定着率の低下を招きやすくなります。だからこそ今、シニア社員を“戦力”としてだけでなく、“お手本”としてどう活かすかが、人事戦略の重要テーマとして浮上しているのです。
2.「ロールモデル」として期待されるシニア社員の役割とは
シニア社員に「ロールモデル」という役割を期待する際、まず整理しておきたいのは、単なる即戦力・ベテラン社員とは何が違うのかという点です。経験年数が長いことや、専門スキルを持っていること自体は重要ですが、それだけではロールモデルとは言えません。ロールモデルとしての価値は、周囲に与える影響の質にあります。
ロールモデルとなるシニア社員に共通するのは、「自分が成果を出すこと」よりも、「周囲が成果を出しやすくなる状態をつくること」に意識が向いている点です。たとえば、業務で行き詰まっている若手に対して、答えを即座に教えるのではなく、考え方の道筋や判断のポイントを示す。あるいは、中堅社員が判断に迷ったときに、過去の成功・失敗を踏まえて選択肢を整理する。こうした関わり方は、現場の自律性を高めます。
また、ロールモデルとして期待されるのは、仕事への向き合い方そのものです。納期や品質への姿勢、トラブル時の冷静さ、周囲とのコミュニケーションの取り方などは、マニュアルでは教えにくい要素ですが、日常の行動を通じて強いメッセージを発します。特にシニア社員が無理のないペースで安定した働き方を実践している姿は、若手・中堅にとって「長く働くこと」への現実的なイメージになります。
重要なのは、ロールモデルを「特別な役職」にしないことです。管理職や教育係に任命しなくても、現場の一員として自然に振る舞う中で、周囲に良い影響を与える存在であれば十分です。人事としては、この役割を明確に言語化し、「シニア社員に何を期待しているのか」を共有することが、次の施策につながる土台になります。
3.シニア社員のロールモデルが「シニア採用」に与える影響
シニア社員のロールモデルが社内に存在することは、シニア採用そのものの質と進み方に大きな影響を与えます。人事が意識したいのは、「制度や条件」よりも先に、「この会社で、シニアはどのように活躍しているのか」を具体的に示せるかどうかです。
多くのシニア求職者は、応募時に給与や勤務時間と同時に、「自分が浮かないか」「年下の上司とうまくやれるか」「長く続けられるか」といった不安を抱えています。ここで、実在するロールモデルの存在が語れる企業は強みを持ちます。たとえば、「60代で入社し、今は現場の相談役として活躍している社員がいる」「無理のない働き方で、若手のサポートを担っている」といった具体的な話は、応募者に安心感を与えます。
また、ロールモデルの存在は応募者の質にも影響します。「経験を活かして周囲に貢献したい」「若い世代と協力して働きたい」と考えるシニア人材が集まりやすくなり、単に条件面だけを重視する応募とのミスマッチが減ります。結果として、採用後の定着率向上にもつながります。
さらに、ロールモデルは採用広報や面接の場面でも活用できます。求人票や採用ページで「シニアの活躍事例」を紹介したり、面接時に「将来的にはこんな関わり方を期待しています」と具体像を示したりすることで、入社後のイメージをすり合わせやすくなります。これは、シニア採用に限らず、採用全体の透明性を高める効果もあります。
このように、シニア社員のロールモデルは、単なる社内施策ではなく、シニア採用を前向きに進めるための“説得力ある材料”になります。人事がこの視点を持つことで、シニア採用は「人手不足対策」から「戦略的な人材獲得」へと変わっていきます。
4.ロールモデルとなるシニア社員が「他のシニア社員」に与える影響
ロールモデルとなるシニア社員の存在は、若手や中堅だけでなく、同じシニア世代の社員に対しても大きな影響を与えます。むしろ人事の視点では、「既存のシニア社員がどう変わるか」という点こそ、見逃せないポイントです。
シニア社員が複数在籍している職場では、「どこまで踏み込んでいいのか」「年下の上司や若手とどう距離を取るべきか」といった暗黙の迷いが生じやすくなります。ここでロールモデルが不在だと、遠慮しすぎて消極的になったり、逆に過去のやり方を押し通してしまったりと、行動がばらつきがちです。
一方で、ロールモデルとなるシニア社員が明確に存在すると、「この会社では、こういう関わり方が歓迎される」という行動の基準が自然に共有されます。無理に前に出る必要はないが、求められたときには経験を活かして支える。年齢を理由に引くのではなく、自分の役割を理解して働く。こうした姿を日常的に見ることで、他のシニア社員も安心して行動できるようになります。
また、ロールモデルの存在は、シニア社員自身の定着意欲にも影響します。「自分もあの人のような関わり方ができそうだ」「ここには年齢を重ねても居場所がある」と感じられることは、働き続けるうえで大きな動機になります。結果として、シニア社員同士の協力関係が生まれ、特定の人に負荷が集中することも防げます。
このように、ロールモデルとなるシニア社員は、他のシニア社員にとっての“指示書のいらない手本”になります。人事が意図的にこの存在を位置づけることで、シニア層全体の活躍レベルと安定感を底上げすることができるのです。
5.ロールモデルにするシニア社員をどう社内で選ぶべきか
シニア社員をロールモデルとして活かすうえで、人事が最も慎重になるべきなのが「誰をロールモデルにするか」という選定です。ここで年齢や勤続年数、役職だけを基準にしてしまうと、期待と現場の実態がズレてしまい、かえって形骸化するリスクがあります。
まず押さえたいのは、ロールモデルは“指名制”である必要はないという点です。「あなたはロールモデルです」と任命すると、本人に過度なプレッシャーがかかったり、周囲との距離が生まれたりすることがあります。むしろ、人事としては「ロールモデルとして機能しやすい人の特徴」を整理し、自然にその役割が立ち上がる環境をつくる方が現実的です。
具体的に見るべきポイントの一つは、周囲との関係性です。若手や中堅から「相談しやすい」「話を聞いてくれる」と認識されているかどうかは重要な指標になります。スキルが高くても、威圧的だったり、自分のやり方を押し付けがちな人は、ロールモデルとしては機能しにくい傾向があります。
次に注目したいのが、変化への向き合い方です。新しいやり方やツールに対して完璧である必要はありませんが、「理解しようとする姿勢」を持っているかどうかは大きな差になります。試行錯誤しながら取り組む姿は、同世代のシニア社員にとっても前向きな刺激になります。
人事としては、現場の声を拾いながら、「この人がいると場が安定する」「自然と周囲が学んでいる」といった社員を見極めることが大切です。ロールモデルは“つくるもの”というより、“見つけて支えるもの”だと捉えることで、無理のない形で制度や役割に落とし込むことができます。
6.ロールモデルが社内・組織にもたらす好循環とは
シニア社員をロールモデルとして位置づけることの本質的な価値は、特定の個人が頑張ることではなく、組織の中に「良い循環」が生まれる点にあります。ロールモデルが一人いるだけで、現場の空気や行動が少しずつ変わり、それが連鎖していくのです。
まず起きるのが、業務の属人化が緩むという変化です。ロールモデルとなるシニア社員は、自分だけが知っているノウハウを抱え込まず、「どう考えるか」「どこに注意するか」を言葉にして共有します。その結果、若手や中堅が判断できる場面が増え、特定の人に仕事が集中しにくくなります。これは、業務分解や効率化を進めるうえでも大きな効果があります。
次に、育成と定着が同時に進む点も重要です。若手は「困ったときに相談できる相手がいる」ことで安心して挑戦でき、中堅はマネジメントや判断の負荷を一人で抱え込まずに済みます。その姿を見た他のシニア社員も、「無理に前に出なくても、こうした関わり方で価値を出せる」と理解し、前向きに動きやすくなります。
さらに、この好循環は採用活動にも波及します。社内でロールモデルが機能している企業は、「年齢に関係なく活躍できる会社」「経験を活かしながら長く働ける会社」というストーリーを持つことができます。これは、シニア採用だけでなく、若手や中途採用においても、企業の魅力として伝えやすいポイントになります。
このように、シニア社員のロールモデル化は、単発の施策では終わりません。育成・定着・業務効率・採用がつながり、組織全体が回りやすくなる構造をつくることこそが、人事戦略としての最大のメリットなのです。
7.まとめ|シニア社員のロールモデルは「人事戦略の起点」になる
シニア社員のロールモデルは、単なる「良い人材の一例」ではありません。採用・定着・育成といった人事課題を点ではなく線でつなぐ起点として機能する存在です。人手不足への対応としてシニア採用を進める企業が増える中で、その成否を分けるのは「採用後に、どんな役割と位置づけを与えるか」にあります。
ロールモデルとなるシニア社員が社内にいることで、シニア採用では応募者に安心感と具体的な将来像を提示できます。また、既存のシニア社員にとっては働き方の指針となり、定着や活躍意欲の向上につながります。さらに、若手・中堅社員にとっても、相談できる存在や判断の拠り所が生まれ、育成と業務の安定が同時に進みます。
重要なのは、ロールモデルを「特別な人」に仕立て上げないことです。年齢や役職で決めるのではなく、周囲に良い影響を与えている行動や姿勢を見極め、支える。この視点を人事が持つことで、ロールモデルは自然と組織の中に根づいていきます。
シニア社員のロールモデル化は、即効性のある施策ではありません。しかし、中長期的に見れば、人材の流れが滞りにくくなり、組織全体のパフォーマンスを底上げする力を持っています。だからこそ今、シニア社員のロールモデルは「人事戦略の一部」ではなく、人事戦略そのものの起点として捉える価値があるのです。
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