1.なぜ「高齢者は難しい」と思われていたのか
体力・スキル面の不安
多くの企業が高齢者の採用に慎重だった理由のひとつが「体力」や「スキル面」に対する不安です。特に工場作業や接客業、配送業など、ある程度の身体的負荷がかかる業種では、「高齢者には難しいのでは」と判断されがちでした。
また、近年の業務ではデジタル機器の活用やITスキルが求められることも多く、「パソコン操作に慣れていない世代」といった固定観念が採用のハードルになっていたのも事実です。
しかし実際には、65歳以上の約6割がスマートフォンを日常的に使っているというデータ(※総務省『通信利用動向調査(2023年)』)もあり、情報機器に強い高齢者も増えてきています。さらに体力面でも、シニア向けのフィットネスや健康意識の高まりにより、70代でも元気に働く人が珍しくありません。
企業が抱く「高齢者は働かない」というイメージと、実際の高齢者の能力との間にギャップがあることが、最初の壁となっていたのです。
職場のミスマッチ懸念と先入観
もう一つの大きな要因は、「職場にうまく馴染めないのではないか」「若手と軋轢が生まれるのでは」といった心理的なミスマッチへの懸念です。年齢差による価値観の違いや、指示の出し方に気を遣う場面も想定され、「若いチームに高齢者が混ざることで逆にやりづらくなるのでは」と不安に感じるマネージャーも少なくありません。
しかしながら、実際に高齢者を採用した企業からは「落ち着きがあり、チーム全体の雰囲気が穏やかになった」「若手にとっても良い相談相手になっている」という声も多く聞かれます。年齢差は必ずしもデメリットではなく、職場に多様性と安定感をもたらす要素になり得るのです。
2.人手不足が企業の意識を変えた
若手中心の採用が限界に
長年にわたり「若手を採用し、長く育てていく」ことが人材戦略の王道とされてきました。しかし、人口減少と若年層の労働力不足が深刻化する現在、多くの企業が「若手が採れない」という現実に直面しています。
厚生労働省の発表によると、2023年度の有効求人倍率は全年齢平均で1.31倍でしたが、20代前半の若年層に限るとその数値はさらに上昇しており、特に地方では若手採用がほぼ不可能に近い状況もあります。若手に依存した採用戦略は、すでに持続可能ではなくなっているのです。
加えて、採用できた若手が数年以内に転職してしまうケースも多く、結果的に「コストばかりかかって定着しない」という悪循環に悩まされる企業も少なくありません。このような背景から、企業の採用ターゲットは徐々に拡大し、経験豊富で定着率の高い高齢者に注目が集まるようになりました。
シニアの就労希望者数の増加
一方で、働く意思を持つ高齢者は年々増えています。総務省の統計(2023年版「高齢社会白書」)によると、65歳以上の就業者数は912万人にのぼり、過去最多を更新。これは高齢者全体の約25%が働いている計算になります。
その背景には、「年金だけでは不安」「社会とのつながりを保ちたい」「健康のために働きたい」など多様な理由があります。企業にとっては、この“働く意欲のあるシニア層”を活用しない手はありません。
かつては敬遠されていた高齢者層が、いまや「即戦力」として期待されるようになりつつあるのです。特に簡易な業務、短時間勤務、経験を活かした仕事では、高齢者の力が大きな戦力となります。
3.高齢者採用に舵を切った企業の変化
採用の壁を越えたきっかけ
多くの企業が高齢者の採用を真剣に検討し始めたきっかけは、「もう若手が来ない」「来てもすぐ辞める」という現実に直面したことでした。ある製造業では、年間30人以上の若手を募集していたにもかかわらず、面接に来たのはたった数人。そこで初めて「年齢制限をなくしてみよう」と動いたところ、60代・70代から多数の応募がありました。
最初は試験的に清掃業務や資材整理などの軽作業を任せていましたが、作業ミスはほとんどなく、指示も忠実に守ってくれるという評価に。結果として、欠勤率が低く、周囲とも良好な関係を築いてくれる人材が多かったのです。
こうした実体験を通じて、「高齢者でも十分に戦力になる」という認識が広がり始めました。最初の一歩を踏み出せば、その働きぶりから企業側の“先入観”が自然と解けていくのです。
定着率と職場の安定への貢献
高齢者を採用した企業の多くが驚くのは、その「定着率の高さ」です。総務省の「就業構造基本調査」(2022年)によれば、60歳以上の労働者のうち、1年以上同じ職場で働いている割合は約85%。対して20代の定着率は60%を切る水準にとどまっています。
これは、シニア層が「働く場所を大切にしたい」という気持ちを強く持っていることの表れです。家庭とのバランスを取りながら、無理のない範囲で長く働きたいというニーズに企業が応えることができれば、非常に安定した人材を確保できるのです。
職場においても、落ち着いた対応が求められる場面や、業務の補助役、事務サポートなどでは高齢者が重宝されています。人数以上に「安心して任せられる人材」という側面が、現場の負担軽減にもつながっています。
若手育成や多様性への波及効果
高齢者の採用は、単に人手を補うだけにとどまりません。職場に年齢の幅ができることで、若手とベテランの相互作用が生まれます。たとえば、20代の新人が戸惑っている場面で、60代のスタッフが声をかけて助言をする——そんな光景が自然に生まれるようになります。
実際に小売店で高齢者を採用した事例では、若手の定着率も向上したという報告があります。年上のスタッフがいることで、「見本となる存在ができた」「感情的にならずに対応してくれるので安心感がある」といった声が若手社員からも聞かれるようになったのです。
また、シニア層が働いている企業は地域社会からの印象も良く、「社会的責任を果たしている企業」として、地元からの信頼度も高まる傾向にあります。高齢者採用は、組織の“芯”を強くする投資とも言えるのです。
4.採用にあたって押さえておきたいポイント
仕事内容・労働時間の調整
高齢者を採用する際にまず考慮すべきなのが「仕事内容」と「勤務時間」の柔軟な設計です。
体力面で若手に劣る部分があることを前提に、負荷の少ない業務を割り振ることが重要です。
具体的には以下のような配慮が有効です:
・重量物の運搬を避け、軽作業を中心にする
・長時間の立ち仕事を避け、交代制や座り作業を導入する
・勤務日数を週3~4日にする
・朝早くや夜遅くを避け、日中勤務を基本とする
また、マニュアルを整備し、業務の流れが見えるようにすることで、年齢を問わずスムーズに仕事をこなしてもらえるようになります。特別なスキルよりも、「経験と誠実さ」に期待する業務設計が、シニア人材の活躍を促すカギです。
助成金や支援制度の活用
高齢者の採用には、国や自治体からの支援制度も充実しています。たとえば以下のような助成金制度があります:
・65歳超雇用推進助成金(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構)
→ 65歳以上の定年制導入や継続雇用制度導入で最大160万円の助成
・特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース)
→ 60歳以上の高齢者をハローワーク経由で雇用した場合、最大60万円の助成(中小企業の場合)
こうした制度を活用すれば、企業にとっても金銭的な負担を軽減しつつ、高齢者採用に取り組むことができます。
申請には雇用契約書や就業規則の整備が必要なケースもあるため、ハローワークや社会保険労務士への相談が有効です。
雇用契約時の法的注意点
高齢者を雇用する際には、年齢にかかわらず労働基準法や雇用契約書の整備が必要です。特に注意すべきポイントは以下の通りです:
・労働条件通知書の交付(賃金・労働時間・契約期間の明記)
・定年制の有無と再雇用制度の説明
・労災保険、雇用保険の適用条件の確認
また、年齢を理由とする差別は禁止されており、厚生労働省のガイドラインにも「年齢に基づく不当な取扱いの禁止」が明記されています。
加えて、70歳までの就業確保を企業に努力義務として課す「改正高年齢者雇用安定法(2021年施行)」にも留意が必要です。
法的な整備をしっかり行うことで、トラブルを未然に防ぎ、シニア人材と良好な関係を築けます。
まとめ:高齢者採用は「最後の選択肢」ではなく「最善の選択肢」へ
これまで「高齢者は無理」と考えていた企業が、高齢者採用に舵を切るようになった背景には、深刻な人手不足と、実際に働く高齢者の高い就業意欲・能力の存在があります。
若手に頼る採用戦略が機能しなくなりつつある中、経験豊富で定着率が高い高齢者層は、企業にとって大きな戦力です。実際にシニア人材を受け入れた企業からは、「職場が安定した」「若手との関係が良くなった」「業務の再構築が進んだ」などの声が寄せられています。
さらに、シニア採用は企業のブランディングにもつながります。年齢に関係なく活躍できる職場環境を整えることで、地域や取引先からの信頼を獲得し、持続可能な組織づくりにも貢献できるのです。
高齢者採用は「人がいなくて仕方なく選ぶ最後の手段」ではなく、「企業の未来を築くための最善の選択肢」になり得ます。まずは、年齢というフィルターを外し、実際にシニア層と面談し、業務にマッチするかを見極めてみてください。そこには、これまでにない安定性と可能性が広がっているはずです。
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