「インスタントシニア体験」とは?老いを疑似体験してわかる、未来の自分のこと

生活

1.インスタントシニア体験とは?

▼どんな体験なのか?

「インスタントシニア体験」とは、加齢によって起こる身体機能の変化を特殊な装具などで疑似体験するプログラムのことです。高齢者の体の状態を模擬的に再現し、視界が狭くなるゴーグルやVR機器、関節が動かしづらくなる関節固定具、重り付きのベストや手足サポーターなどを装着することで、若い世代や働き盛りの大人でも「老いの感覚」をリアルに体験できます。

一例として、階段の上り下り、洗濯物を干す、新聞を読む、靴を履くなど、普段何気なくこなしている日常の動作を高齢者の状態で試すことで、「思ったより見えない」「膝が曲がらない」「重くてバランスが取りにくい」といった“体の変化”をリアルに実感できるのが特徴です。


▼なぜ今、注目されているのか

日本は世界でも類を見ない高齢化社会。総務省の「統計からみた我が国の高齢者」(令和5年)によると、65歳以上の人口比率は29.1%と過去最高を更新し続けています。この社会状況を受けて、介護や地域づくり、職場での高齢者対応など「高齢者を理解する力」が求められるようになっています。

そんな中で、「実際に体験することで理解を深める」このインスタントシニア体験が、福祉教育の現場や企業研修、地域イベントなどに広がっているのです。頭でわかっているつもりでも、体験することで初めて「本当の意味で理解できた」と感じる人が多く、注目が高まっています。


2.「老い」を体験することの意味


▼体が動きにくい、視界が狭い…その感覚を知る

私たちは日々、当たり前のように体を動かしていますが、それは若さや健康があってこそ。インスタントシニア体験では、体の動かしにくさや視界の変化をリアルに感じることができます。たとえば、視界を狭めるゴーグルを装着すると、周囲の状況が一気に見えづらくなり、歩行中に壁や人にぶつかりそうになる不安が生まれます。

また、肘や膝を固定する装具によって関節の可動域が制限されると、かがむ・立ち上がる・服を着るといった日常動作が途端に難しく感じられます。重りをつけて歩けば、足が上がりづらくなり、つまづきの恐怖も体感できます。
これらの体験は、加齢による身体機能の低下がもたらす“生活の不便さ”を理解するきっかけになります。


▼人に頼る気持ちを知ることができる

実際に動きにくい身体を体験すると、自然と「手すりを使いたくなる」「誰かに手伝ってほしい」と思うようになります。これは、高齢者が日々感じている“頼る側の気持ち”を疑似的に体験することにほかなりません。

私たちは「できることは自分で」と考えがちですが、加齢により少しずつ“できないこと”が増えていく現実を体験することで、「助けを求めることは恥ずかしいことではない」「支え合うことの大切さ」に気づけるのです。

また、こうした気づきは、家族や職場で高齢者と接する際のコミュニケーションにも大きな影響を与えます。相手の気持ちに寄り添った言葉がけや行動が自然とできるようになる人も少なくありません。


3.体験から得られる“気づき”とは?


▼他者への思いやりが芽生える

インスタントシニア体験の大きな効果の一つが、「思いやりの視点」が育まれることです。
体が思うように動かせず、段差でつまずきそうになったり、視界が狭くて不安を感じたりすると、「こんな時、誰かが手を差し伸べてくれたら安心できるだろうな」と自然に思えるようになります。

たとえば、電車で座席を譲ることや、エレベーターで「開」ボタンを押して待つこと。
どれも些細な行動ですが、実際に“老いの感覚”を疑似体験することで、こうした行動の重要さや必要性が腑に落ちるのです。

福祉教育や学校現場でこの体験が活用されているのも、まさに「相手の立場に立って考える力」を育む目的があります。
共生社会を目指すうえで、思いやりの心を育てる手段として、インスタントシニア体験は非常に有効なアプローチと言えるでしょう。


▼将来の自分に備える意識が高まる

この体験が特に有意義なのは、「他人ごと」ではなく、「いずれ自分にも起こりうる未来」として感じられる点です。
誰もが年を重ね、いずれは足腰が弱くなり、見えにくくなり、耳が遠くなっていきます。
そのとき、どんな備えができるか?どんな住環境が必要か?どんなサポートを受ければ安心か?といった「未来の暮らしを考えるきっかけ」が生まれます。

体験者の中には「今のうちに段差をなくしておこう」「食生活を見直して足腰を鍛えよう」といった前向きな行動を始める人もいます。
こうした気づきは、健康寿命をのばす意識づけや、親の介護、終活を考える入口としても非常に価値があります。

老いに対する漠然とした不安を、具体的な準備や行動へと変えていくーー
インスタントシニア体験は、そんな自分自身との対話を促す貴重な“時間”でもあるのです。


4.活用されている現場と導入事例


▼福祉・医療・教育の現場で広がる導入

インスタントシニア体験は、全国のさまざまな現場で導入が進んでいます。特に活用が目立つのは、福祉や医療、そして教育分野です。

たとえば福祉系の専門学校や介護職向けの研修では、介護される側の体験をすることで「どう声をかければ安心してもらえるか」「動きにくいときにどんなサポートが必要か」を理解する機会となり、介護サービスの質向上にもつながっています。

医療の現場でも、看護学生や新任スタッフがこの体験を通じて、患者の身体的・心理的負担に寄り添う意識を高めるプログラムが組まれています。
教育現場では、小中高校の総合学習の一環として導入されており、若年層から高齢者理解や共生の大切さを学ぶ機会になっています。

文部科学省も2019年以降、「福祉教育」の推進において“疑似体験型教材”の有効性を紹介しており、今後さらに導入校が増えると予測されます。


▼企業研修や親子参加イベントとしても

一方で、企業でもインスタントシニア体験を導入する動きが広がっています。たとえば、高齢のお客様と接する機会が多い接客業や交通事業者などでは、接遇力や安全管理力の向上を目的に導入されています。

社員研修の中で高齢者の視界や動きにくさを体験することで、マニュアルにはない“気づき”や“配慮の感覚”を養うことができます。特に、金融機関・流通業・鉄道業界などでの活用が顕著です。

また、最近では自治体が主催するイベントで「親子参加型インスタントシニア体験会」が開催される事例も増えています。
子どもが体験を通じて高齢者の気持ちを理解し、親が自分の老後を考えるきっかけを得るなど、世代を超えた相互理解のきっかけとして注目されています。

このように、単なる“福祉の教材”にとどまらず、日常のさまざまな場面でインスタントシニア体験が「思いやり」や「備え」を促す重要なツールとして役立っているのです。


▼体験に参加するには?探し方と申し込みのヒント

インスタントシニア体験は、自治体・福祉団体・学校・企業などさまざまな団体が実施しています。特に参加しやすいのは、以下のような主催によるイベントです。

・地域包括支援センターや市区町村が主催する福祉フェア
・公民館や生涯学習センターで開催される福祉教育講座
・老人ホームや介護施設の見学会とセットになった体験会
・子ども向け夏休み自由研究イベントや親子参加型イベント

体験イベントの情報は、「お住まいの自治体の広報紙」や「地域イベント情報サイト」「社会福祉協議会のHP」などで告知されていることが多いため、定期的にチェックしてみましょう。

また、「インスタントシニア体験 〇〇市」「高齢者疑似体験 イベント」などのキーワードで検索すると、地域密着型の開催情報が見つかりやすくなります。

一部の福祉団体やNPOでは、個人や家族向けに出張体験を受け付けていることもあります。
気になる方は、地域の福祉施設や市民活動団体に問い合わせてみるのもおすすめです。


5.「体験してよかった」という声から見える効果


▼家族や社会を見る目が変わった

インスタントシニア体験に参加した人からは、「家族への接し方が変わった」という声が多く聞かれます。
たとえば、年老いた親がゆっくりしか歩けないことに対して、以前はもどかしさを感じていた人が、「自分も同じ装具をつけたら全然動けなかった。今は自然と手を貸せるようになった」と語るケースがあります。

また、家の中で段差が気にならなかった人が、「こんなにつまづきやすいとは知らなかった。親のために家を見直すことにした」というように、環境づくりの意識が変わったという例もあります。

こうした実体験を通じて、単なる知識では得られない“当事者の視点”を持つことができるのが、インスタントシニア体験の大きな強みです。


▼人生100年時代への準備としての価値

「老後なんてまだ先の話」と思っていた人が、体験を通じて「老いはすぐそこにある現実」として受け止められるようになったという声もあります。
体験によって、「体力が落ちても安心して暮らすにはどうすればいいか」「自分はどんなサポートを望むのか」といった、“人生後半の設計”を考えるきっかけになったという人は少なくありません。

特に50代後半〜60代の参加者からは、「いま健康なうちにできる備えを始めようと思った」という前向きなコメントが多く寄せられています。

日本では「人生100年時代」と言われる中で、高齢期の暮らしを“なんとなく不安に感じる”のではなく、“具体的に備える”ことの重要性が増しています。
インスタントシニア体験は、その第一歩として、誰にでもできる「やさしい未来設計ツール」とも言えるでしょう。


6.まとめ|“今の自分”が“未来の自分”を思いやる一歩に

インスタントシニア体験は、ただの「老人体験」ではありません。
それは、将来の自分自身への理解と備え、そして周囲の高齢者へのまなざしを変える、きっかけになる体験です。

誰しも年を重ねます。視力が落ちたり、手足が思うように動かなくなったりする日が、いつか必ずやってきます。
そのときに不安や孤立を感じないよう、“今の自分”が“未来の自分”に思いやりを持って備えることが、これからの時代に求められているのではないでしょうか。

また、体験を通して得た「不自由さの実感」は、家族や社会との関わり方にも変化を与えてくれます。
人に頼ること、頼られること、それは決して恥ずかしいことではなく、支え合う暮らしの原点です。

高齢者とともに生きる社会を築いていくためにも、自分ごととして“老い”に触れることの価値を、ぜひ一人でも多くの方に感じてほしい——。
インスタントシニア体験は、そんな“やさしい未来づくり”の第一歩として、多くの気づきを与えてくれる体験です。

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