1.マルチジョブホルダー制度とは?シニアに注目される理由
「マルチジョブホルダー制度」とは、複数の事業所で働く65歳以上の高年齢労働者が、2つの勤務先での労働時間を合算して雇用保険の加入要件を満たせるようにする制度です。制度は令和4年(2022年)1月1日から開始されました。従来、1つの職場での勤務時間が短い場合は労災保険や雇用保険に入れないケースが多く、労働者の保護に“空白”が生じていました。この制度はその課題を解消するために設けられたものです。
例えば、週に3日×4時間ずつスーパーで働き、別の日にマンション管理の清掃をしている人がいたとします。
これまでなら、どちらの勤務先でも加入基準(週20時間以上)を満たさず、雇用保険の対象外でした。
しかしマルチジョブホルダー制度を活用すれば、複数の勤務先の労働時間を合算して保険に加入でき、失業時や労災時の給付を受けられるようになります。
また、この制度が注目される背景には、高齢者の就業スタイルの多様化があります。65歳以上の就業者数は約914万人と過去最多を更新しており、就業率も上昇傾向にあります。
年金だけに頼らず、“できる範囲で働き続ける”という選択が一般化する中、マルチジョブホルダー制度はまさにシニア世代の現実に即した仕組みといえるでしょう。
参考:厚生労働省「マルチジョブホルダー制度(複数事業所勤務者に係る労災保険・雇用保険の特例)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000136389_00001.html
2.どんな人が対象?申請条件と働き方の仕組みを解説
マルチジョブホルダー制度の対象となるのは、「複数の事業所で働く人」のうち、それぞれの勤務先では雇用保険や労災保険の加入条件を満たさないが、合算すれば基準を満たす人です。
特に、短時間勤務を組み合わせて働くシニア世代が多く利用しています。
■ 雇用保険の特例(65歳以上が対象)
雇用保険については、通常「週20時間以上・31日以上の雇用見込み」が条件ですが、
マルチジョブホルダー制度では、2つ以上の事業所での労働時間を合算して判定します。
【加入条件(雇用保険特例)】
・65歳以上であること
・複数の事業所で雇用されていること
・各事業所での労働時間の合計が週20時間以上
・各事業所の雇用見込みが31日以上
・それぞれの事業所の事業主が申請に同意していること
この特例を使うと、失業した際に雇用保険の基本手当(いわゆる失業給付)を受け取ることが可能になります。
また、働き方に応じて就業促進手当などの給付金も支給される場合があります。
※参考:厚生労働省「65歳以上の労働者に係る雇用保険の特例(マルチジョブホルダー制度)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139508_00002.html
■ 労災保険の特例(年齢制限なし)
一方、労災保険のマルチジョブホルダー制度は年齢制限がありません。
2つ以上の職場で働く全ての人が対象で、申請により加入できます。
例えば、早朝に清掃のパート、午後にコンビニ勤務など、複数の労働先を持つ人が、どちらの仕事中にけがをしても合算した賃金をもとに補償を受けられる仕組みです。
【加入条件(労災保険特例)】
・2つ以上の事業所で働いていること
・各事業所の事業主が同意していること
・労働者本人が所轄の労働基準監督署へ申請
この制度によって、従来よりも安心して複業できる環境が整備されました。
「短時間だから補償がない」という不安が減り、“働く意欲を支えるセーフティネット”としても注目されています。
3.マルチジョブホルダー制度の3つのメリット|収入・健康・社会参加
マルチジョブホルダー制度は、単に「保険に入れるようになる」だけでなく、シニア世代がより安心して働ける環境を整える制度です。
ここでは、特に大きな3つのメリット――「収入」「健康」「社会参加」の観点から見ていきましょう。
① 収入面の安心感|短時間でも合算で保険加入が可能に
最大のメリットは、複数の短時間労働を組み合わせても社会保険の対象になることです。
従来の仕組みでは、1つの職場で週20時間未満しか働かない場合、雇用保険や労災保険の加入ができず、失業やけがの際に補償が受けられませんでした。
しかしマルチジョブホルダー制度では、
「スーパーで週10時間」+「清掃業務で週12時間」=合計22時間勤務
といったケースでも加入可能になります。
その結果、万が一の際に失業給付や労災補償が受けられるようになり、定年後も安心して働ける環境が広がります。
② 健康維持と生活リズムの安定
2つ目のメリットは、無理なく働きながら健康を維持できることです。
多くのシニアにとって「週に数日だけ働く」「複数の場所で軽作業を行う」ことは、身体を動かす機会の確保につながります。
実際に、働くシニアを対象にした調査(内閣府「高齢者の経済生活に関する意識調査」2023年)でも、
「働くことが健康維持につながる」と回答した人は全体の約7割にのぼりました。
また、1か所に長時間滞在するよりも、複数の仕事を掛け持つことで気分転換ができ、ストレス軽減や脳の活性化にも効果的といわれています。
「体を動かす」「人と話す」「感謝される」――この3つが揃うことで、心身の健康を長く保てるのです。
③ 社会とのつながりを維持できる
最後に挙げたいのが、社会参加の継続というメリットです。
退職後に孤立する高齢者が増える中で、複数の職場を持つことは多様な人との交流の場を増やすきっかけになります。
同世代はもちろん、若い世代や異業種の人との関わりが生まれ、「自分の経験が誰かの役に立つ」という充実感を得られます。
このように、マルチジョブホルダー制度は“働く安心”だけでなく、生きがいや社会的つながりを支える制度としても大きな意味を持っています。
4.導入の流れと申請方法|事業主と労働者の手続きポイント
マルチジョブホルダー制度を利用するためには、労働者本人の申請と勤務先の事業主の同意が必要です。
ここでは、雇用保険・労災保険のそれぞれの申請手順を整理してみましょう。
■ 雇用保険の特例手続き(65歳以上が対象)
雇用保険のマルチジョブホルダー特例は、65歳以上の複数就業者が対象です。
手続きの流れは次のとおりです。
【申請の流れ】
1.働いているすべての事業所から同意を得る
→ 申請には「事業主の署名・押印」が必要です。
2.「複数事業所雇用者雇用保険被保険者資格取得届」を提出
→ 書類は厚生労働省 のウェブサイトでダウンロード可能で、提出先は住所地を管轄するハローワークです。
3.審査・受理後、雇用保険被保険者証が交付
→ この段階で正式に保険加入が認められます。
申請時には、勤務日数や労働時間を証明する書類(シフト表や雇用契約書など)が求められることがあります。
また、勤務先が増減した場合は、資格変更届を再提出する必要があります。
■ 労災保険の特例手続き(年齢制限なし)
労災保険の特例は、年齢に関係なく利用可能です。
対象は、2つ以上の事業所で働いているすべての労働者。
加入の流れは次のようになります。
【申請の流れ】
1.本人が「複数事業労働者に係る特別加入申請書」を作成
2.各事業主の同意を得て署名・押印
3.所轄の労働基準監督署へ提出
提出後、認定が下りると「特別加入証明書」が交付され、
複数事業所で働く際の労災補償が合算ベースで適用されます。
■ 事業主側のポイント
制度を活用する際、事業主には以下の理解と協力が求められます。
・雇用契約の内容を明確にし、就業条件を文書で交付する
・労働時間の管理を適正に行う
・労働者が申請する際の同意書に署名・押印する
マルチジョブホルダー制度は、事業主の手間を最小限に抑えつつ、労働者を守る制度として設計されています。
特にシニア層を多く雇う企業にとっては、「安心して働ける環境づくり」の一環として、積極的に理解・協力しておきたい仕組みです。
5.注意点とデメリットもチェック|健康・労働時間・保険の取り扱い
マルチジョブホルダー制度は、シニア世代にとって心強い仕組みですが、注意すべきポイントや限界も存在します。
制度の内容を正しく理解し、トラブルを防ぐことが大切です。
① 働きすぎに注意|健康維持とのバランスが大切
複数の職場で働くと、気づかないうちに1週間あたりの労働時間が長くなりやすい傾向があります。
特に体力的に無理をしすぎると、慢性的な疲労や体調不良を引き起こすおそれがあります。
シニアの場合、「働けるから働く」よりも、「続けられる範囲で働く」という意識が重要です。
また、この制度が注目される背景には、高齢者の就業スタイルの多様化があります。2023年時点で、65~69歳の就業率は52.0%、70~74歳では34.0%と年齢階級ごとに高齢者の就労が進んでいるというデータもあります。
働く高齢者には体力的・健康的な課題も指摘されており、就労を続けるためには「無理なく働く」スタイルの重要性が高まっています。
マルチジョブを行う際は、週の合計労働時間を20〜30時間程度に抑え、十分な休息時間を確保しましょう。
② 保険料の納付・給付の仕組みを理解しておく
雇用保険・労災保険のいずれも、本人が申請して初めて加入できる仕組みです。
つまり、勤務先が自動で加入手続きを行うわけではありません。
また、マルチジョブホルダー制度を利用しても、健康保険や厚生年金保険の対象にはならない点に注意が必要です。
健康保険や年金は原則として、勤務先ごとに加入基準(週20時間以上・月8.8万円以上など)を満たした場合のみ適用されます。
そのため、短時間労働を掛け持ちしても、健康保険・厚生年金は国民健康保険・国民年金に加入するケースが一般的です。
③ 雇用契約・労働時間管理のトラブルに注意
複数の職場を掛け持ちする場合、雇用契約内容や勤務シフトが重なるなどのトラブルも起こりがちです。
特に、どちらの勤務先も「主たる職場」として扱うつもりがない場合、責任の所在があいまいになることがあります。
そのため、
・各事業主との雇用契約内容を明確に書面化する
・労働時間/休日を自分でしっかり把握する
・けがや事故時の報告先を決めておく
といった点を意識しておくことが重要です。
制度を理解し、働く側・雇う側の双方がルールを共有することで、安心して長く働ける環境が整います。
6.まとめ|無理なく働ける“複業スタイル”でセカンドライフを充実させよう
マルチジョブホルダー制度は、「短時間でも安心して働ける」というシニア世代のニーズに応える仕組みです。
従来の制度ではカバーできなかった「複数の仕事を組み合わせて働く人」も、雇用保険や労災保険の保護を受けられるようになりました。
この制度の登場によって、
・年金に加えて一定の収入を確保できる
・適度に身体を動かして健康を維持できる
・社会とのつながりを保ち、生活のハリを得られる
といった、経済的・身体的・精神的な“安定の三拍子”がそろいやすくなります。
また、制度を活用する際は、健康とのバランスを取りながら「できる範囲で長く続ける」意識が大切です。
たとえ1日数時間でも、働くことで社会と関わり、自分の存在意義を感じることができます。
これからの時代、働くことは「義務」ではなく「生きがい」へ――。
マルチジョブホルダー制度は、そんな前向きなセカンドライフを支える新しい“安心の仕組み”といえるでしょう。
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