1.再雇用制度と定年延長制度の基本を整理しよう
高年齢者の雇用をめぐる制度として、企業がまず検討すべきなのが「再雇用制度」と「定年延長制度」です。どちらも“高齢社員が定年後も働き続けるための仕組み”ですが、その内容や影響は大きく異なります。
再雇用制度とは、いったん定年で退職した社員を、改めて「有期契約社員」などとして再び雇用する制度です。給与や勤務時間を柔軟に設定できるのが特徴で、企業にとっては人件費の調整がしやすく、シニア本人にとっても自分のペースで働けるメリットがあります。一方で、待遇差の不公平感やモチベーション低下を防ぐための配慮が欠かせません。
一方の定年延長制度は、「定年そのものを引き上げる」仕組みです。たとえば60歳定年を65歳に変更するケースがこれにあたります。雇用契約や給与体系を継続できるため、社員のモチベーション維持につながりやすい反面、人件費の増加やポストの停滞といった課題もあります。
制度の背景には、国の政策的な後押しがあります。厚生労働省の「高年齢者雇用安定法」では、企業に対し、65歳までの雇用確保措置(①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年制の廃止)のいずれかを義務づけています。近年では70歳までの雇用努力義務も加わり、企業の対応は待ったなしの状況です。
つまり、再雇用も定年延長も「どちらが良い・悪い」という話ではなく、企業の人事戦略や組織構造に応じて、最適な形を選ぶことがポイントです。次章では、実際に制度選択を迫られる際に企業が考慮すべき“分かれ道”を見ていきましょう。
2.企業が直面する“選択の分かれ道”とは?
「再雇用制度」と「定年延長制度」、どちらを導入するかは、単に“制度の名称”ではなく、企業の人材戦略そのものを左右する大きな決断です。選択のポイントは、「人件費」「組織構造」「人材の継承・育成」という3つの観点から整理できます。
まず、人件費のコントロールです。再雇用制度の場合、雇用契約を結び直すため、給与水準や勤務時間を柔軟に設定できます。特に労働時間を短縮したり、業務範囲を限定したりすることで、人件費を抑えながら経験豊富な人材を活用できます。一方、定年延長制度は基本的に既存の給与体系を維持するため、コスト増加のリスクが高くなります。
次に、組織構造への影響。定年延長を選ぶと、管理職層の在職期間が長くなるため、若手社員の昇進機会が減る可能性があります。ポストの停滞は人材の流動性を下げ、組織の新陳代謝を阻むリスクもあります。一方、再雇用制度ではいったん区切りを設けて再契約するため、組織の入れ替えがしやすく、業務分担の見直しにもつながります。
最後に、人材育成・知識継承の観点です。再雇用制度では、経験豊富な社員が若手教育やOJT指導に専念する仕組みを設計しやすいという利点があります。定年延長制度の場合、同じ立場で業務を継続するため、責任を持って現場を支える役割を果たしやすい点が魅力です。
このように、制度の選択は単なる年齢対応ではなく、経営資源としての“人”をどう活かすかの意思決定です。企業の規模、財務体質、事業戦略によって最適解は異なります。
3.メリット・デメリット比較|再雇用制度 vs 定年延長制度
再雇用制度と定年延長制度は、どちらも「高齢社員の雇用継続」を目的としていますが、制度設計の方向性が異なります。ここでは、それぞれの特徴をメリット・デメリットの一覧表で整理し、自社に合った仕組みを選ぶための参考にしましょう。
再雇用制度と定年延長制度の比較
| 項目 | 再雇用制度 | 定年延長制度 |
|---|---|---|
| 雇用形態 | 定年後に再契約(有期契約など) | 定年そのものを引き上げ(無期雇用継続) |
| 給与水準 | 再契約時に調整可(通常は減額) | 現行水準を基本的に維持 |
| 勤務条件 | 時短・職務限定など柔軟に設定可 | 原則として現行のまま継続 |
| モチベーション | 新たな役割設計が必要(本人の納得度が重要) | 継続雇用で安心感が高い |
| 人件費への影響 | 抑制しやすい | 増加傾向になりやすい |
| 組織への影響 | 若手登用を進めやすい | ポストの停滞リスクあり |
| 人材育成 | OJT・後進指導に特化可能 | 実務継続による知識継承が容易 |
| 法的根拠 | 高年齢者雇用安定法(継続雇用制度) | 高年齢者雇用安定法(定年引上げ) |
| 導入ハードル | 比較的低い(就業規則の改定で対応可) | 高い(賃金・制度全体の見直しが必要) |
比較から見える選択のポイント
・短期的なコスト抑制を重視するなら「再雇用制度」
→ 有期契約による柔軟な設計が可能で、特に中小企業では導入しやすい。
・社員の安定感/モチベーション維持を重視するなら「定年延長制度」
→ 雇用の継続性を確保し、キャリアの中断を防ぐことができる。
・組織バランスや育成を考えるなら「ハイブリッド型(両立)」
→ 一部職種のみ定年延長し、それ以外は再雇用で対応するなど、柔軟な選択が可能。
つまり、制度選択のカギは「コスト・組織・本人の納得感」をどう両立するかにあります。
次章では、制度導入の際に必ず押さえておくべき法的・実務上の注意点を解説します。
4.人事担当者が押さえるべき法的・実務上の注意点
再雇用制度や定年延長制度を導入・運用する際には、制度設計だけでなく、法的な根拠と実務上の整合性をしっかり押さえることが不可欠です。ここを誤ると、後々「不利益変更」「雇用差別」「賃金格差」などのトラブルにつながる恐れがあります。
1. 高年齢者雇用安定法の遵守は大前提
企業には「65歳までの雇用確保措置」を講じる義務があります(高年齢者雇用安定法第9条)。
その手段として次の3つが定められています:
1.定年の引き上げ
2.継続雇用制度(再雇用制度など)の導入
3.定年制の廃止
さらに、2021年の法改正により、70歳までの就業機会確保は“努力義務”となりました。つまり、法的には65歳まで義務、70歳までは推奨という位置づけです。
2. 労働条件の明示と同意
再雇用制度の場合、いったん退職した上で再契約を結ぶため、新たな雇用契約書を締結する必要があります。
この際、給与・勤務時間・職務内容などの変更点を明確にし、本人の同意を得ることが重要です。とくに「職務内容は同じなのに賃金が著しく下がる」といったケースは、労使間トラブルの原因になりやすいため注意が必要です。
定年延長制度の場合は、就業規則の改定を伴います。労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者がいる企業では、改定時に労働基準監督署への届出が必要となります。
3. 「同一労働同一賃金」への配慮
特に再雇用制度では、正社員と再雇用社員の待遇差が問題になりやすいです。
厚生労働省のガイドライン(パートタイム・有期雇用労働法)では、「職務内容・配置変更の範囲・責任の程度」が同じであれば、賃金・手当・教育機会において不合理な差を設けてはならないと明示されています。
待遇差の合理性を説明できるよう、賃金体系の根拠を文書化しておくことが求められます。
4. 実務での留意点
制度運用をスムーズに行うためには、次のような取り組みが効果的です。
・社内説明会の実施:本人/管理職/労組など、関係者全員に制度内容を明確に共有する。
・個別キャリア面談の実施:本人の希望や健康状態を踏まえた就労計画を立てる。
・人事評価制度の見直し:成果主義や役割評価に基づく公平な運用を整える。
制度の法的遵守と実務整備を両立させることで、トラブルを防ぎつつ、安心して働ける環境が整います。
次章では、その一歩先として注目される「ハイブリッド運用」という考え方を紹介します。
5.シニア人材を戦力化するための“ハイブリッド運用”という選択肢
多くの企業が「再雇用か、定年延長か」という二者択一で考えがちですが、近年はその中間的な形である“ハイブリッド運用”が注目されています。これは、両制度のメリットを組み合わせ、自社の実情に合わせて柔軟に設計する方法です。
1. ハイブリッド運用とは?
ハイブリッド運用とは、職種・役割・貢献度に応じて、定年延長制度と再雇用制度を併用する仕組みです。
たとえば、次のようなケースが考えられます。
・専門職/技術職:業務継続性が重要なため「定年延長」で雇用維持。
・管理職や間接部門:ポスト調整を考慮して「再雇用制度」で柔軟に対応。
・嘱託/パート的勤務:本人の希望を尊重し、週3日勤務など短時間雇用で再契約。
このように、役割と貢献度を基準に制度を使い分けることで、企業の生産性と公平性を両立できます。
2. ハイブリッド運用のメリット
・人材の最適配置が可能
→ 組織の年齢構成バランスを保ちつつ、知識・スキルを継承できる。
・本人のモチベーションを維持
→ 「延長される人」「再雇用される人」が納得できる評価・基準を設定できる。
・経営リスクの分散
→ 全社員を一律に延長するよりも、人件費・業務負担の調整がしやすい。
3. 制度を機能させるカギは“透明性”
制度が形だけになるのを防ぐためには、「なぜこの人は延長で、この人は再雇用なのか」を社員が納得できる明確な基準づくりが欠かせません。
人事評価、健康状態、勤務意欲、スキルなどを定量化し、社内で一貫した運用基準を設けることが信頼構築の第一歩です。
ハイブリッド運用は、単にコスト調整のための仕組みではなく、シニア人材を“戦力”として活かすための戦略的人事施策です。次の章では、その総まとめとして「自社に合った制度設計の考え方」を整理します。
6.まとめ|自社に合った制度設計で持続可能な人材戦略を実現
再雇用制度と定年延長制度は、どちらが「正解」というものではありません。重要なのは、自社の経営戦略・人材構成・社員の価値観に合った制度を設計できるかどうかです。
再雇用制度は「柔軟性」と「コスト管理」を重視した制度です。個々の社員に合わせて勤務時間や職務内容を調整しやすく、現場経験を持つシニア人材の活用に適しています。一方、定年延長制度は「継続性」と「安定性」に優れ、長期的なキャリア形成を支える効果があります。ただし、人件費の増加や組織の硬直化を防ぐための仕組みが必要です。
その中間に位置するのが、近年注目されるハイブリッド運用です。役職や業務内容に応じて制度を使い分けることで、社員の納得感を高めつつ、組織としての柔軟性も確保できます。とくに人手不足が深刻化する今、シニア人材の力を引き出すには「定年=キャリアの終わり」ではなく、「再配置や再設計のタイミング」として捉える発想が欠かせません。
また、制度を形だけで終わらせないためには、現場との対話・評価制度の透明化・健康管理の支援といった実務的なフォローも重要です。これらを総合的に運用してこそ、企業にとっても働く本人にとっても“持続可能な雇用関係”が実現します。
企業が再雇用制度や定年延長制度をどう選ぶかは、単なる人事制度の違いではなく、「人をどう活かすか」という経営哲学の表れです。
自社のビジョンと人材戦略を見据えながら、最適な制度を構築していきましょう。
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