1.はじめに|シニアの職場で「コミュニケーションの悩み」が増える理由
定年後やセカンドキャリアとして再び働き始めたシニア世代にとって、仕事そのものよりも「人間関係」に悩みを感じるケースは少なくありません。体力やスキルの不安よりも、「若い人とうまく話せない」「遠慮してしまって意見が言えない」「注意されると必要以上に落ち込んでしまう」といった、コミュニケーション面でのストレスを抱える方は非常に多いのが実情です。
特にパートやアルバイト、カスタマー対応などの仕事では、上司・同僚・お客様と幅広い世代と接する機会があります。その中で、シニア世代は無意識のうちに「年下に迷惑をかけたくない」「自分は補助的な立場だから」と考え、言いたいことを飲み込んでしまいがちです。その結果、小さな不満や誤解が積み重なり、職場に居づらさを感じたり、早期離職につながってしまうこともあります。
一方で、若い世代側も「どう声をかけたらいいか分からない」「言い方を間違えると失礼になりそう」と気を使いすぎてしまい、結果としてお互いに本音を伝えられない関係になっているケースも多く見られます。これは能力や性格の問題ではなく、「伝え方の型」を知らないことによって起きるすれ違いと言えるでしょう。
そこで注目されているのが、「アサーティブ・コミュニケーション(アサーション)」という考え方です。これは、自分の気持ちや意見を押し付けることなく、かといって我慢しすぎることもなく、「自分も相手も大切にしながら伝える」ためのコミュニケーション手法です。特別な話術や性格の強さは必要なく、誰でも身につけることができる実践的なスキルとして、近年、職場研修やカスタマー対応の現場でも広く活用されています。
この先のセクションでは、アサーティブ・コミュニケーションとは何か、そしてなぜシニア世代にこそ必要なのかを、仕事の場面に即して分かりやすく解説していきます。
2.アサーティブ・コミュニケーション(アサーション)とは何か?
アサーティブ・コミュニケーションとは、「自分の気持ちや考えを正直に伝えながら、同時に相手の立場や感情も尊重するコミュニケーションの取り方」のことを指します。日本語では「自己主張」と訳されることもありますが、いわゆる強い主張や言い返すこととはまったく違います。アサーションの本質は、「対立しない自己表現」です。
多くの人は、コミュニケーションを取るときに無意識のうちに次のどれかの型に偏りがちです。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| 非主張型 | 遠慮して言えない、我慢する |
| 攻撃型 | 感情的に強く言う、相手を責める |
| アサーティブ型 | 自分も相手も尊重して伝える |
非主張型は一見「良い人」に見えますが、実際にはストレスが溜まりやすく、誤解も生じやすいタイプです。一方、攻撃型は一時的にスッキリするかもしれませんが、周囲との関係を悪化させやすく、職場では特にリスクが高い対応と言えます。アサーティブ型はその中間で、「率直さ」と「思いやり」を両立させるスタイルです。
例えば、仕事で無理な依頼をされたときの言い方を比べてみましょう。
・非主張型:「……分かりました(本当は困っている)」
・攻撃型:「それは無理です。そっちの都合でしょ」
・アサーティブ型:「今の業務量だと難しいので、締切を調整できると助かります」
同じ「できない」という内容でも、伝え方によって相手の受け取り方は大きく変わります。アサーティブな表現では、「できない理由」と「代替案」を冷静に伝えることで、相手との関係を壊さずに自分の立場も守ることができます。
アサーションは、性格を変えるものではなく、「言葉の選び方」と「伝える順番」を少し工夫するだけで身につく技術です。年齢や経験に関係なく、誰でも練習すれば自然に使えるようになります。特にシニア世代にとっては、これまで培ってきた社会経験にこのスキルが加わることで、より安定した人間関係を築けるようになります。
3.なぜシニアこそアサーションが必要なのか
アサーティブ・コミュニケーションは、すべての世代に役立つスキルですが、特にシニア世代にとっては「働き続けるための必須スキル」と言っても過言ではありません。その理由は、シニアならではの立場や環境が、コミュニケーションのすれ違いを生みやすいからです。
まず一つ目の理由は、「年齢による遠慮」が生じやすい点です。シニア世代の多くは、職場で自分より若い上司や同僚と働くことになります。その中で、「自分は年上だけど新人」「口出ししすぎると煙たがられるかもしれない」と感じ、必要な意見や要望まで飲み込んでしまうケースがよくあります。その結果、業務内容を正確に理解できなかったり、無理な仕事を引き受けてしまい、心身ともに疲弊してしまうことにつながります。
二つ目は、「経験値の違い」が誤解を生みやすい点です。シニアは豊富な社会経験を持っている一方で、現在の職場のルールやITツール、業務フローには不慣れなことも多くあります。その際、「聞くのが恥ずかしい」「何度も質問すると迷惑では」と感じてしまい、分からないまま作業を進めてミスにつながることも少なくありません。アサーティブな姿勢で「分からないことは素直に聞く」ことは、実は職場全体の効率を高める行動でもあります。
三つ目は、「我慢が美徳になりやすい世代背景」です。多くのシニア世代は、若い頃から「空気を読む」「文句を言わない」「我慢する」ことを重視する文化の中で働いてきました。そのため、自分の気持ちをそのまま言葉にすることに、無意識のブレーキがかかってしまう傾向があります。しかし現代の職場では、黙って耐えるよりも、適切に伝え合う方が評価されるケースが増えています。
アサーションは、シニアに「強くなること」を求めるものではありません。むしろ、「これまで大切にしてきた思いやり」を活かしながら、自分の立場や気持ちも同じように尊重するための技術です。年齢を重ねたからこそ持っている落ち着きや丁寧さは、アサーティブなコミュニケーションと非常に相性が良く、実践すれば職場での信頼感を高める大きな武器になります。
4.シニアに多い3つのNGコミュニケーションパターン
シニア世代が職場でコミュニケーションに悩むとき、その多くは「性格」や「能力」の問題ではなく、無意識に身についてしまった話し方のクセが原因になっていることがほとんどです。ここでは特に多い3つのNGパターンを紹介します。
1.遠慮しすぎて何も言えない「沈黙型」
「迷惑をかけたくない」「年下に口出しするのは良くない」と考え、分からないことや困っていることを言えずに抱え込んでしまうタイプです。一見、協調性が高いように見えますが、実際にはミスや誤解が増えやすく、本人のストレスも蓄積しやすい傾向があります。
例えば、業務内容が分からないまま「はい」と返事をしてしまい、後でやり直しになるケースや、体力的にきついシフトでも断れずに引き受けてしまうケースなどが典型です。結果的に周囲に余計な手間をかけてしまい、「言えばよかった」と後悔することも少なくありません。
2.つい昔のやり方を押し出してしまう「助言過多型」
豊富な経験があるシニアだからこそ陥りやすいのが、「良かれと思ってアドバイスしすぎてしまう」パターンです。本人に悪気はなくても、「それ昔のやり方ですよ」「今は違います」と受け取られてしまい、距離を置かれてしまうことがあります。
特に若い上司や同僚に対して、「私の時代はこうだった」「前の職場では…」と繰り返してしまうと、相手は指摘されているように感じ、コミュニケーションがぎこちなくなりやすくなります。経験は大きな強みですが、伝え方を間違えると逆効果になることもあるのです。
3.本音が言えずに後から不満が出る「我慢爆発型」
その場では笑顔で受け入れるものの、内心では納得しておらず、後になって愚痴や不満として感情があふれてしまうタイプです。このパターンは、本人が一番つらくなりやすく、「どうせ言っても無駄」「私さえ我慢すればいい」と思い込みが強くなっていきます。
結果として、仕事へのモチベーションが下がったり、突然辞めてしまったりする原因にもなります。周囲から見ると「何も言わなかったのに、急に不満を言い出した」と感じられやすく、誤解を生むことにもつながります。
これら3つのパターンに共通しているのは、「相手を優先しすぎて自分を後回しにしている」という点です。アサーティブ・コミュニケーションでは、これを「自分も相手と同じくらい大切にする」という考え方に切り替えていきます。
5.仕事で使える!シニア向けアサーティブ実践フレーズ集
アサーティブ・コミュニケーションは、理屈を理解するだけではなかなか身につきません。ポイントは「実際に使える言葉の型」を覚えることです。ここでは、シニアの職場でよくある場面別に、すぐ使えるアサーティブなフレーズを紹介します。
1.仕事量が多すぎるとき
無理な業務を頼まれたとき、つい「はい、大丈夫です」と言ってしまいがちですが、これは後から自分を苦しめる原因になります。
非主張型
「はい…(本当は無理)」
アサーティブ型
「今の業務量だと難しいので、締切を調整していただけると助かります」
「この作業は対応できますが、こちらの仕事を後回しにしても大丈夫でしょうか?」
ポイントは、「できない」と言い切るのではなく、「状況」と「代替案」をセットで伝えることです。
2.分からないことを質問するとき
「何度も聞くのは申し訳ない」と感じやすい場面ですが、アサーティブに聞くことで、むしろ信頼されやすくなります。
アサーティブ型
「一度確認したいのですが、この手順で合っていますか?」
「自分なりにやってみたのですが、ここが不安なので教えていただけますか?」
「自分なりに考えたうえで質問する」姿勢を見せることで、相手も丁寧に対応しやすくなります。
3.お客様対応で理不尽な要求をされたとき
カスタマー対応では、感情的にならず、事実と気持ちを分けて伝えることが重要です。
アサーティブ型
「ご不便をおかけして申し訳ありません。ただ、こちらの規定上、その対応は難しくなっております」
「お気持ちは理解できますので、別の方法をご提案させてください」
「共感 → 事実 → 代替案」という順番が、アサーションの基本型です。
4.意見を伝えるとき
シニアは意見を求められても遠慮してしまいがちですが、こんな言い方なら角が立ちにくくなります。
アサーティブ型
「個人的な意見ですが、こうすると効率が上がると思います」
「もし可能であれば、この方法も検討してみても良いかもしれません」
「断定しない」「選択肢として提示する」ことで、相手も受け入れやすくなります。
アサーティブなフレーズに共通するのは、「私はこう感じています」「私はこう考えています」というIメッセージです。「あなたが悪い」「そっちが間違っている」という言い方ではなく、自分の立場から伝えることで、対立を生まずに本音を伝えられるようになります。
6.カスタマー対応・同僚との会話での活用シーン
アサーティブ・コミュニケーションは、理論として理解するだけでなく、「実際の場面でどう使うか」をイメージすることが大切です。特にシニア世代が多く働く現場である、カスタマー対応やチーム業務では、その効果を実感しやすい場面が数多くあります。
まず、カスタマー対応の場面です。クレームや要望を受けたとき、シニアの多くは「とにかく相手を怒らせないようにしよう」と考え、過剰に謝ったり、自分では対応できない約束をしてしまうことがあります。しかしこれは、後からトラブルを大きくしてしまう原因にもなります。
アサーティブな対応では、「共感しつつも、できないことはできないと伝える」ことが基本です。例えば、次のような流れになります。
1.共感:「ご不便をおかけして申し訳ありません」
2.事実:「こちらのシステム上、当日中の変更は難しくなっております」
3.代替案:「明日であれば対応可能ですので、ご検討いただけますでしょうか」
この順番を意識するだけで、相手に誠意を伝えながらも、自分や会社の立場を守ることができます。
次に、同僚との会話の場面です。シニアはチームの中で「補助的な役割」になりやすく、自分の意見を後回しにしてしまうことがあります。しかし、業務改善やミス防止のためには、経験を活かした発言こそが重要になります。
例えば、若い同僚の作業に違和感を覚えたとき、
×「それ、やり方違うよ」
○「私の理解だと、こちらの手順もあるのですが、どうでしょうか?」
といったように、「指摘」ではなく「提案」の形にすることで、相手のプライドを傷つけずに伝えることができます。
また、シフトや業務分担についても、
「いつも大丈夫です」ではなく、
「この曜日は体力的に厳しいので、別の日と交換できると助かります」
とアサーティブに伝えることで、無理をせず長く働き続けることができます。
アサーションは、相手をコントロールする技術ではありません。「本音を隠さず、しかし丁寧に伝える」ためのツールです。これを意識するだけで、シニアの職場コミュニケーションは驚くほどスムーズになります。
7.無理なく続けるためのコツ|シニア向け練習法
アサーティブ・コミュニケーションは、一度覚えたら終わりではなく、「少しずつ習慣にしていく」ことが大切です。特にシニア世代の場合、長年身についてきた話し方のクセを一気に変えようとすると、かえって疲れてしまうこともあります。無理なく続けるためには、日常の中でできる小さな練習から始めるのがコツです。
まずおすすめなのが、「心の中で一度言い換える」練習です。職場で何か言いたいことが出てきたとき、すぐ口に出さずに、「これをアサーティブに言うとしたらどうなるだろう?」と頭の中で組み立ててみます。例えば、
「忙しいのに無理な依頼をされた」
→「今は難しいので、別の方法を相談できると助かります」
といった具合に、感情をそのまま出すのではなく、「事実+希望」の形に変換するだけでも、大きなトレーニングになります。
次に効果的なのが、「Iメッセージを意識する」ことです。「あなたは」「そっちは」という言い方ではなく、「私はこう感じています」「私はこう思います」と、自分を主語にするだけで、言葉の印象は驚くほど柔らかくなります。これは家族や友人との会話でも練習できるので、仕事以外の場面で試してみるのもおすすめです。
さらに、シニアにとって特に大切なのが、「完璧を目指さない」ことです。最初からうまく言える必要はありません。少し言葉に詰まったり、後から「こう言えばよかった」と気づいたりすることも、すべて練習の一部です。むしろ、「言えなかった自分」を責めるより、「次はこう言ってみよう」と考える方が、長続きしやすくなります。
最後に、無理なく続けるためのポイントをまとめると次の3つです。
・いきなり変えようとしない
・頭の中で言い換えるクセをつける
・うまくできなくても自分を責めない
アサーティブ・コミュニケーションは、特別なスキルではなく「日常の習慣」に近いものです。少しずつ積み重ねることで、自然と「言いたいことを穏やかに伝えられる自分」に変わっていきます。
8.まとめ|アサーションは「長く気持ちよく働く技術」
シニアが職場で感じるストレスの多くは、仕事内容そのものよりも、「人との関わり方」から生まれています。遠慮しすぎて言えなかったり、我慢を重ねて疲れてしまったり、逆に良かれと思った一言が誤解されてしまったり――こうしたすれ違いは、誰にでも起こり得るものです。
アサーティブ・コミュニケーション(アサーション)は、そうしたすれ違いを減らし、「自分も相手も大切にする」ための実践的な考え方です。強く主張する必要もなく、無理に我慢する必要もありません。事実と気持ちを整理し、丁寧な言葉で伝えるだけで、職場の人間関係は驚くほどラクになります。
特にシニア世代は、これまでの人生で培ってきた思いやりや落ち着きという大きな強みを持っています。そこにアサーションという「伝え方の技術」が加わることで、年齢に関係なく、周囲から信頼される存在になりやすくなります。若い世代とも対立せず、無理をせず、自分らしいペースで働き続けるための土台になるスキルと言えるでしょう。
仕事は、収入のためだけでなく、社会とのつながりや生きがいにも直結します。アサーティブ・コミュニケーションを身につけることは、「ただ働く」のではなく、「気持ちよく、長く働く」ための大切な準備でもあります。今日から少しずつ、言葉の選び方を意識するところから始めてみてください。
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