1.なぜ今、シニア人材の「活躍」が企業の経営課題になっているのか
少子高齢化と労働人口の減少が進む中で、多くの企業にとって「人材不足」はすでに慢性的な経営課題となっています。特に現場を支える中堅層や、専門知識・経験を持つ人材の確保は年々難しくなっており、「若手採用だけでは事業が回らない」という声も珍しくありません。
こうした背景から、近年あらためて注目されているのがシニア人材の活用です。定年延長や再雇用制度の普及により、60代・70代でも働き続けることが当たり前になりつつあります。しかし実際の現場では、「せっかく雇っても役割が限定的」「過去のやり方に固執してしまう」「若手との関係性が難しい」といった課題も多く、“雇えてはいるが活かしきれていない”企業が少なくありません。
つまり、今問われているのは「シニア人材を採用するかどうか」ではなく、「どうすればシニア人材が組織の中で本当に活躍できるのか」という設計の問題です。経験豊富であること自体は強みですが、それをそのまま当てはめるだけでは、環境変化の激しい現代の組織にはフィットしづらい。ここで重要になるのが、“経験を活かす前提そのものを一度揺さぶる仕組み”としての越境体験という考え方です。
2.そもそも「越境体験」とは何か?ビジネスにおける意味
「越境体験」とは、もともと教育や人材開発の分野で使われてきた概念で、自分がこれまで属してきた組織・役割・専門領域と異なる環境に一時的、あるいは継続的に身を置く経験を指します。単なる異動や配置転換とは異なり、価値観・評価軸・仕事の進め方が異なる世界にあえて身を置くことで、自分の前提や思考の枠組みを揺さぶることに意味があります。
ビジネスの文脈では、例えば「大企業の社員がスタートアップに出向する」「営業職が新規事業チームに参加する」「社外のプロジェクトに副業として関わる」といった形が代表的な越境体験です。共通しているのは、これまでの成功体験や専門性がそのまま通用しない環境に入る点です。そこでは、過去のノウハウよりも、新しい関係性の築き方や学び方そのものが求められます。
越境体験の本質は、スキル獲得そのものよりも「自分の当たり前が通用しない状況に直面すること」にあります。異なる文化や価値観の中で試行錯誤することで、視野が広がり、思考が柔軟になり、自身の強みや弱みを客観的に捉え直すことができる。この“認知の揺さぶり”こそが、越境体験が人材育成において高く評価される理由です。
つまり越境体験とは、「経験を活かすための場」ではなく、「経験を一度問い直すための場」と言えます。特に環境変化のスピードが速い現代においては、知識やスキル以上に、「学び直す力」や「前提を疑う力」そのものが、個人にとっても組織にとっても重要な資産になりつつあります。
3.なぜ越境体験はシニア人材と相性がいいのか
シニア人材と越境体験が相性が良い最大の理由は、「これまでの経験が豊富である」からこそ、「その経験が通用しない環境に出ること自体に大きな学習効果が生まれる」点にあります。長年同じ業界や職種で働いてきた人ほど、仕事の進め方や判断基準が無意識のうちに固定化されやすく、「正しいやり方」が自分の中に強く形成されています。
しかし、その“正しさ”が別の環境では必ずしも通用しないことに直面すると、自分の前提が揺さぶられます。これまで成果を出してきた方法が通じない、新しい用語や文化が理解できない、若い世代の価値観が読めない。こうした違和感こそが、越境体験の本質であり、シニア人材にとっては「経験を再編集する入り口」になります。
ここで重要なのは、越境体験はシニア人材に“教える役割”を与えることではないという点です。むしろ、自分が「わからない側」「慣れていない側」に立つことで、これまで無意識に使ってきた知識やスキルを一度分解し、再構築するプロセスが生まれます。この状態は、いわゆるアンラーニング(学びほぐし)に近く、過去の成功体験に縛られず、新しい文脈で自分の強みを捉え直すことにつながります。
結果として、シニア人材は単なる“ベテラン”ではなく、「変化に適応し続ける人材」へと再定義されます。経験があるからこそ、越境によって視野が広がり、柔軟性が高まり、若手世代とも対等に学び合える関係が生まれる。越境体験は、シニア人材を“過去の人”にしないための、極めて戦略的な成長装置だと言えるでしょう。
4.シニア人材が「活躍している企業」に共通する3つの特徴
シニア人材の越境体験をうまく機能させている企業には、いくつかの共通点があります。それは「年齢に配慮して優しい役割を用意している会社」ではなく、「シニア人材を“再成長する人材”として設計している会社」であるという点です。単に過去の経験を活かす場を与えるだけでは、越境体験は成立しません。
第一の特徴は、職務を固定しすぎないことです。活躍している企業ほど、「この人はこの仕事」と役割を決め打ちせず、プロジェクト単位やテーマ単位で柔軟に関与させています。業務範囲が曖昧であるほど、本人は自分で考え、周囲と対話しながら役割を再定義する必要が生まれます。この“役割の揺らぎ”が、越境体験の入り口になります。
第二の特徴は、成果よりもプロセスを評価していることです。シニア人材の越境体験では、最初から高い成果を求めすぎると、結局「慣れたやり方」に戻ってしまいます。活躍している企業は、「どんな問いを立てたか」「どんな気づきを持ち帰ったか」といった思考や学習のプロセスを評価軸に組み込み、試行錯誤そのものを価値として扱っています。
第三の特徴は、心理的安全性が高いことです。越境体験は本質的に「わからない状態」に身を置くことを意味します。そのため、「失敗してもいい」「知らなくてもいい」と言える空気がないと、シニア人材は防衛的になり、過去の成功体験にしがみついてしまいます。年齢や立場に関係なく質問できる環境、率直なフィードバックが許される文化こそが、越境体験を成立させる土台になります。
これらに共通しているのは、「シニアを守る設計」ではなく、「シニアを変化に開く設計」であるという点です。活躍している企業ほど、シニア人材を“即戦力”ではなく、“変化を生み出す存在”として位置づけているのです。
5.シニア人材の越境体験・具体パターン
シニア人材の越境体験というと、「若手に知識を教える」「メンターとして支援する」といったイメージを持たれがちですが、それでは越境体験の本質から外れてしまいます。重要なのは、シニア人材自身が“通用しない環境”に身を置くことです。ここでは、実際に企業で導入しやすい越境体験の代表的なパターンを紹介します。
一つ目は、業務領域をずらす「社内越境型」です。例えば、長年営業を担当してきた人材を企画部門にアサインする、管理部門の人材を現場プロジェクトに参加させるといった形です。同じ会社であっても、部門ごとに評価基準や文化、使われる言語は大きく異なります。その違いの中に入ることで、「自分の常識が通用しない」という感覚を持つことになり、これまでの経験を別の視点から捉え直すことができます。
二つ目は、専門性が通用しにくい「異業種越境型」です。例えば、製造業出身の人材が福祉や教育の現場に関わる、IT業界の人材が地域活動や行政プロジェクトに参加するといったケースです。この場合、過去のスキルはそのまま武器にならず、ゼロから関係性を築き、業界特有の価値観を理解する必要があります。経験が“正解”ではなく“素材”として扱われるため、学び直しの密度が非常に高くなります。
三つ目は、役割が曖昧な「プロジェクト越境型」です。新規事業、DX推進、社外連携など、正解が決まっていないプロジェクトに参加するパターンです。ここでは「何をすればよいか」が最初から定義されていないため、自分で問いを立て、周囲と対話しながら役割を見つけていく必要があります。過去の職務定義が通用しない環境だからこそ、シニア人材は“肩書きではなく思考力”で貢献することになります。
これらに共通するのは、シニア人材が「教える側」ではなく、「学び直す側」に立つ点です。越境体験とは、経験を披露する場ではなく、経験を問い直す場であり、そこにこそシニア人材が再び成長し、組織に新しい視点を持ち帰る可能性が生まれます。
6.企業が導入する際の設計ステップ
シニア人材の越境体験を成果につなげるためには、「とりあえず異動させる」「副業を許可する」といった場当たり的な施策では不十分です。重要なのは、越境体験を“人材育成施策”ではなく、“経営施策”として設計することです。ここでは、人事担当者が押さえておくべき基本的な設計ステップを整理します。
第一のステップは、対象者の選定です。越境体験に向いているのは、「教えることに意欲がある人」ではなく、「自分が変わることに関心を持てる人」です。過去の実績よりも、「新しい環境に興味を持てるか」「自分のやり方を一度疑えるか」といった姿勢を重視する方が、越境体験はうまく機能します。年齢や役職ではなく、マインドセットで選ぶことが重要です。
第二のステップは、役割を定義しすぎないことです。越境体験では、「この仕事をやってください」と明確に指示してしまうと、結局これまでの経験をそのまま当てはめる行動に戻ってしまいます。あえて役割を曖昧にし、「このプロジェクトの中で、自分にできることを見つけてください」という設計にすることで、本人の思考と対話が促されます。
第三のステップは、評価指標(KPI)を成果以外に置くことです。売上や工数削減といった短期成果だけで評価すると、越境体験の価値は測れません。むしろ、「どんな問いを持ったか」「どんな気づきを得たか」「元の部署に何を持ち帰ったか」といった学習・変化のプロセスを言語化し、評価に組み込むことが重要です。
最後に、越境体験を“個人イベント”で終わらせないことも大切です。本人だけが成長して終わるのではなく、レポートや対話の場を通じて、組織全体に気づきを共有する仕組みをつくることで、越境体験は「個人の経験」から「組織の知」へと転換されます。ここまで設計して初めて、シニア人材の越境体験は、企業の競争力に直結する施策になります。
7.まとめ|越境体験は「シニア人材を戦力化する経営施策」である
本記事で見てきたように、シニア人材の活躍を実現するカギは、「経験をそのまま活かすこと」ではなく、「経験を一度問い直す環境をつくること」にあります。越境体験とは、シニア人材を“教える側”に固定する施策ではなく、“再び学び続ける人材”として再定義するための仕組みです。
多くの企業では、シニア人材は「即戦力」「知見の継承役」として期待されがちですが、その設計だけでは、環境変化の激しい現代において本質的な価値を引き出すことは難しくなっています。むしろ重要なのは、これまでの成功体験が通用しない環境にあえて身を置き、視野を広げ、思考を更新し続けられる状態をつくることです。
越境体験を通じて変わるのは、シニア人材本人だけではありません。本人が持ち帰る問いや気づきは、若手や組織全体の思考にも影響を与え、固定化していた業務や価値観を揺さぶる力になります。つまり、越境体験は個人育成ではなく、「組織の認知を更新する装置」として機能するのです。
シニア人材の活用を“コスト対策”として捉えるか、“経営資源の再設計”として捉えるかで、企業の未来は大きく変わります。越境体験を組み込んだ人材設計は、シニア人材を「過去の人」にしないための施策であると同時に、変化し続ける組織をつくるための、極めて戦略的な経営施策だと言えるでしょう。
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