1. はじめに|なぜ今「シニア人材活用」と人事制度改革が注目されているのか
日本の労働市場は、少子高齢化による労働力不足が深刻化しています。総務省統計局「労働力調査(2024年)」によると、65歳以上で就業している人は約930万人に達し、過去最多を更新しました。この背景には、年金制度や生活資金の不安といった個人側の事情に加え、企業側の人材確保ニーズが高まっていることがあります。
特に製造業、建設業、サービス業などの現場では、経験や技能を持つ即戦力人材の不足が顕著です。こうした状況を受け、政府も高齢者雇用を推進しており、「高年齢者雇用安定法」によって65歳までの雇用確保措置が義務化され、70歳までの就業機会確保も努力義務となっています。
この流れの中で、多くの企業が注目しているのが「再雇用制度」と「定年延長制度」という2つの人事制度改革の方向性です。どちらもシニア人材の活用を目的としていますが、制度設計や運用方法、企業側・社員側のメリットには大きな違いがあります。
本記事では、この2つの制度の仕組みや特徴を解説し、それぞれのメリット・デメリット、導入時の注意点、そして企業が選択する際の判断基準について詳しく見ていきます。これにより、自社に最適な制度を選び、シニア人材を最大限に活かすためのヒントを得られるはずです。
2. 再雇用制度とは?シニア人材の働き方と仕組みを解説
再雇用制度とは、定年を迎えた社員を、本人の希望や会社の判断に応じて、新たな契約形態で引き続き雇用する制度です。多くの場合、定年到達後に一旦退職扱いとなり、その後、嘱託社員や契約社員などとして再契約を結びます。
制度の背景と法的根拠
この制度は、高年齢者雇用安定法によって65歳までの雇用確保措置が義務化されたことを背景に広く普及しました。企業は以下のいずれかを選択する必要があります。
1.定年の引き上げ
2.継続雇用制度(再雇用制度を含む)
3.定年の廃止
再雇用制度は、これらのうち「継続雇用制度」に該当します。
雇用条件の特徴
・雇用形態の変更:正社員から嘱託・契約社員へ変更するケースが多い
・賃金水準:定年前と比べて減額されることが一般的(日本経団連「高齢者雇用に関する調査」(2023年)では、定年前の約6〜7割程度が中央値)
・契約期間:1年単位で更新するケースが多い
・仕事内容:これまでの経験を活かしつつ、負担の軽い業務や後進指導にシフトすることが多い
企業側のメリット
・必要な期間だけ雇用できるため、人件費や人員構成の調整が容易
・専門性や技能を持つ人材を短期間で確保できる
・若手社員への技術継承や教育が可能
従業員側のメリット
・定年後も職場で働けるため、収入と社会参加の機会を確保できる
・業務負担が軽くなることで、体力的な継続がしやすい
注意点
一方で、賃金の大幅減や職務内容の変化がモチベーション低下につながるケースもあります。また、契約更新ごとの不安定さも課題です。そのため、企業は再雇用制度を導入する際、給与水準の説明やキャリアプランの提示を行うことが重要です。
3. 定年延長制度とは?シニア人材の働き方と仕組みを解説
定年延長制度とは、会社が定年年齢そのものを引き上げ、正社員としての雇用を継続する制度です。たとえば、60歳定年を65歳や70歳に延長する形が一般的です。再雇用制度と異なり、雇用契約や身分を途切れさせずに継続できる点が大きな特徴です。
制度の背景と法的根拠
この制度も高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの雇用確保措置の一つとして位置づけられています。政府はさらに70歳までの就業機会確保を努力義務化しており、これに対応するため定年延長制度を導入する企業が増えています。
雇用条件の特徴
・雇用形態の維持:定年延長後も正社員のまま勤務を継続
・賃金水準:基本的に定年前の給与体系を維持(ただし、役職変更や給与テーブル調整を行う企業もある)
・待遇の一貫性:福利厚生や昇給制度、賞与なども継続されるケースが多い
・契約期間:定年年齢まで継続雇用が保証される
企業側のメリット
・熟練度の高い社員を安定的に確保できる
・モチベーションやエンゲージメントの低下を防ぎやすい
・長期的な業務計画や後進育成において計算が立てやすい
従業員側のメリット
・正社員としての安定収入が続く
・役職、職務内容、福利厚生が維持されるため安心感が高い
・キャリアの継続性が保たれ、モチベーション維持につながる
注意点
定年延長制度は、企業にとって人件費負担が大きくなりやすい制度です。特に、高齢社員の比率が高まると、人件費の固定化や昇給制度の見直しが必要になる場合があります。また、ポストの固定化により若手社員の昇進機会が減る懸念もあるため、組織全体のバランスを考えた制度設計が欠かせません。
4. 再雇用制度と定年延長制度のメリット・デメリット比較
再雇用制度と定年延長制度は、いずれもシニア人材の就業機会を確保するための重要な選択肢ですが、その仕組みや企業・従業員への影響は大きく異なります。ここでは、両者の特徴を一覧で比較し、導入時に検討すべきポイントを整理します。
制度比較表
項目 | 再雇用制度 | 定年延長制度 |
---|---|---|
雇用契約の継続性 | 定年後に一旦退職し、嘱託・契約社員として再契約 | 正社員のまま定年年齢まで継続 |
給与水準 | 定年前の約6〜7割が一般的(※日本経団連2023年調査) | 原則維持(ただし役職変更や給与調整あり) |
待遇・福利厚生 | 制限される場合が多い | 正社員として維持されるケースが多い |
企業の人件費負担 | 比較的低い | 高くなりやすい |
雇用の安定性 | 契約更新制のため不安定 | 定年まで安定的に雇用 |
モチベーション維持 | 賃金減や契約不安で低下の可能性あり | 維持しやすい |
若手の昇進機会 | 確保しやすい | ポストが固定化し昇進機会減の恐れ |
メリットとデメリットの整理
再雇用制度のメリット
・人件費を抑えながら熟練人材を活用可能
・必要な期間だけ雇用でき、柔軟な人員管理が可能
・若手社員のキャリアパスを阻害しにくい
再雇用制度のデメリット
・賃金減によるモチベーション低下リスク
・契約更新ごとの不安感
・待遇格差による社内の不公平感
定年延長制度のメリット
・安定的な雇用継続でモチベーション維持
・高い専門性、経験を長期的に活用できる
・後進育成やプロジェクトの継続性を確保しやすい
定年延長制度のデメリット
・高人件費負担によるコスト増
・若手社員の昇進機会減少
・業務や役職の固定化による組織硬直化
両制度はどちらが優れているというよりも、企業の事業環境・人材構成・財務状況によって適性が変わります。そのため、次章では自社に合った制度選択のための判断基準を解説します。
5. 制度選択の判断基準|企業規模・業種・人材戦略から考える
再雇用制度と定年延長制度のどちらを導入すべきかは、企業の規模・業種・人材戦略・財務状況によって大きく変わります。制度選択を誤ると、人件費負担の増大や組織硬直化といったリスクが高まり、逆に適切に選べばシニア人材の能力を最大限に引き出すことができます。
1. 企業規模別の考え方
大企業
・長期的な人材育成やプロジェクト継続性を重視する傾向があり、定年延長制度が適しやすい
・一方で、高人件費負担を吸収できる財務体力が必要
中小企業
・財務的な柔軟性が限られるため、再雇用制度による人件費コントロールが有効
・必要な技能や経験を持つ人材を選択的に活用できる点もメリット
2. 業種別の考え方
製造業・建設業
・技術継承や現場経験が重要なため、安定的に人材を確保できる定年延長制度が有効
サービス業・小売業
・季節変動や業務量の波が大きく、柔軟な雇用が求められるため、再雇用制度の方が適している場合が多い
3. 人材戦略からの視点
若手育成重視型
・ポストの流動性を確保するため、再雇用制度が望ましい
熟練技術維持型
・核となる人材を長期的に雇用できる定年延長制度が有効
4. 判断のためのチェックポイント
・財務面での人件費増加に耐えられるか
・若手の昇進、登用機会をどの程度確保したいか
・技術、ノウハウ継承の重要度はどの程度か
・雇用の安定性と柔軟性、どちらを優先するか
結論として、制度選択は「一方だけ」に絞らず、ハイブリッド型(基幹人材は定年延長、それ以外は再雇用)を導入する企業も増えています。この柔軟な運用は、組織のバランスを保ちながらシニア人材活用の最大化を可能にします。
6. 制度導入時の法的留意点と活用できる公的支援制度
再雇用制度・定年延長制度を導入する際には、法令遵守と制度活用のための最新情報を押さえておく必要があります。特に高齢者雇用に関しては、法的義務や助成金制度が定期的に改正されるため、最新情報の確認が不可欠です。
1. 法的留意点
高年齢者雇用安定法の遵守
・65歳までの雇用確保措置は義務(定年引上げ、継続雇用制度、定年廃止のいずれか)
・70歳までの就業機会確保は努力義務
・出典:厚生労働省「高年齢者の雇用~雇用する上でのルール~」
労働契約法・労働基準法の適用
・雇用形態の変更時には労働条件通知書の交付が必要
・労働時間や休暇、解雇条件などの不利益変更は合理性が求められる
賃金制度の見直し
・再雇用時の賃金減額は合理的理由が必要(最高裁判例:長澤運輸事件、2018年)
・定年延長時も職務や責任に応じた給与体系変更が望ましい
2. 活用できる公的支援制度(2025年時点)
65歳超雇用推進助成金(高年齢者無期雇用転換コース)
・65歳以上への定年延長や定年廃止、無期雇用転換に取り組む企業を支援
・支給額例:定年廃止で最大160万円(企業規模等により変動)
・出典:厚生労働省「65歳超雇用推進助成金」
生涯現役起業支援助成金
・シニア人材の起業や継続就業を支援する制度
・再雇用や定年延長後のキャリア支援にも活用可能
人材開発支援助成金(特定訓練コース)
・高齢社員のスキルアップ、職務転換のための訓練費用を助成
・再雇用制度導入時の職務変更に伴う研修費にも適用可能
3. 実務上のポイント
・助成金は申請前に必ず就業規則や雇用契約を整備する
・制度変更時には労使協定の締結や労働局への届け出が必要な場合がある
・法改正や助成金制度は毎年度見直しがあるため、導入前に最新情報を確認
法的要件と支援制度を正しく理解しておくことで、制度導入のコストを抑えつつ、トラブルを防ぎながらシニア人材活用を進めることができます。
7. まとめ|自社に合った人事制度改革でシニア人材を最大限に活かす
労働力不足が深刻化する中、シニア人材の活用は企業の持続的成長に不可欠な戦略となっています。そのための主な選択肢が再雇用制度と定年延長制度です。
・再雇用制度は、人件費コントロールや柔軟な人員配置が可能で、特に中小企業や業務量に波のある業種に向いています。
・定年延長制度は、安定的な雇用継続によってモチベーションを高め、熟練技術や知見を長期的に活用でき、大企業や技術継承が重要な業種に向いています。
制度選択の際は、財務状況、若手育成方針、技術継承の必要性など、自社の経営戦略に照らして判断することが重要です。また、両制度を組み合わせたハイブリッド型の導入も、組織の柔軟性を高める有効な方法です。
導入の基本ステップ
1.現状分析:人員構成・業務内容・財務負担を把握
2.制度選択:企業規模・業種・戦略に合った制度を選ぶ
3.労使協議:従業員代表と意見交換し合意形成
4.就業規則整備:法的要件を満たし、明文化
5.試行運用・見直し:導入後に評価・改善を繰り返す
さらに、厚生労働省の助成金制度を活用することで、制度導入に伴うコストを軽減できます。制度の導入は単なる雇用延長ではなく、シニア人材の強みを最大限に活かし、企業の競争力を高める機会でもあります。
自社の未来を見据えた人事制度改革は、単に法律を満たすだけでなく、企業文化や人材戦略を進化させる契機となります。今こそ、長期的な視点でシニア人材の活躍基盤を整備する時です。
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